「あかるはこちらの世界に来るさいに、白い空間の中で女の人に遇ったと言った。その人は薄茶色の髪に赤茶の瞳、浅葱色の着物を着ていたって」
「……それって」
「そう。晃は肉体を離れたとき、浅葱色の着物を着てたな」
懐かしくなって、ふと笑みが零れた。
「その人は、あかると身体を重ねるようにして消えたんだそうだ。晃はあの日、魔王と一体になった。その魔王が、あかるの中にある。魔王は魂の集合体だ。そして、意思を持っている。分かるか、火恋」
火恋は再び顔を歪めた。
「晃は、あかるの中にいるんだよ。そして、意思を持って、生きているんだ」
火恋は、わっと泣き出した。
僕は火恋を強く抱きしめた。彼女は、僕の腕の中で、まるで幼い子供のように泣き喚いた。
僕があの日、どうしようもなく哀しくて憎らしくて、あかるに手をかけようとした日。僕は、皆にやり場のない思いを受け止めてもらった。
火恋にはその相手が、いなかっただけなんだ。
「ごめんな。僕が、そうならなきゃいけなかったのに。火恋を一人にした」
低声で独りごちて、今度は明確に声を出した。
「これからは、お前を一人にはしない。誓うよ」
僕は少しだけ火恋を離して、火恋を窺い見た。火恋は、きれいな顔を歪めて泣きじゃくっていた。
僕はまた火恋を抱きしめた。
(まだ、複雑だよな)
僕だって、いまだにやりきれない思いが込み上げるときがある。
晃の意思が魔王の中に生きていても、話も出来ない。逢うことも出来ない。そんなの、喪ってるのと変わらない。たまに、そんな風に思うことがある。だけど――。
「火恋。頼むから、あかるが死ねば良いなんて、言わないでくれよ」
僕は噛み締めるように囁いた。
僕はもう一度、晃を喪いたくはないんだ。



