* * *

 僕は抱き合う二人を気遣って、一足早く研究室へ戻った。
 部屋へ入ると、異変に気がついた。くまなく見回してみるが、火恋の姿がどこにもない。

「火恋は?」
「さっき出て行ったみたいだけど」
 マルは僕をちらりとも見ずに、机の上の呪符と睨めっこしていた。

「お前、ちょっとは妹のこと気にかけろよ」
「うん」
 怒りを滲ませて言ったのに、マルの反応は薄い。

「そりゃ、マルが本当は妹のことも考えてるのは分かるよ。ほんの少しかも知れないけどな。だけど――」
「うん」
「……」

 マルは顎に手を置いたまま、呪符を見つめて唇をすばやく動かしている。でも、声には出ていない。

「……マルの丸眼鏡」
「うん」
「アホ」
「うん」
「美人台無し」
「うん」
 ……完全に生返事だなこりゃ。

 僕は呆れ果てて踵を返した。研究狂いのいる部屋から出て、縁側に跳び出すと左右に首を振った。火恋の姿はない。僕はとりあえず、左へ向った。
 しばらく歩いていると、縁側の先で火恋の姿を見かけた。

(おっ。こっちであってた!)

 声をかけようとすると、火恋は誰かを見つけたようにして角を曲がった。僕は怪訝に思いながら、そっと近づいて角を覗いた。

 すると、縁側の先にある庭の中に火恋は青説殿下と一緒にいた。細い幹の中木を左に置き、低木に囲まれるようにして二人は立っている。