* * *

 廊下に出るとすぐに、あかるの抵抗するような声が聞こえてきた。

 僕は、声のする方にそろりと近づく。角を曲がったすぐそこに二人はいた。僕は慌てて身を隠す。こそっと覗くと、王があかるの腕を掴んでいた。けれど、あかるはその腕を振り解こうとしていた。

 でもその力は頼りなく、あかるはすぐに抵抗を止めた。ぽろぽろと涙を流しながら項垂れた彼女を、王は優しく抱きしめた。

「あたし、もう出来ない」
 あかるは弱々しくそう言った。
(珍しい……)

 僕は面食らってしまった。
 これまであかるは落ち込むようすを見せることはあっても、弱音は吐かなかった。そのあかるが、出来ないとはっきりと言うなんて。

(よっぽど追い込まれてるな、こりゃ)
 僕は心配しながらも、メモ帳を取り出す。

「無理はしなくても良い」
 気遣った紅説王の胸を叩くように押して、あかるは顔を上げた。紅説王の腕から離れる。
「無理しなきゃダメなんだよ! あたしは!」

 あかるの瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。あかるの大声を聞いたのはこれが初めてだった。彼女は叫ぶように続けた。

「だって、このままじゃ皆死んじゃうかも知れないんでしょ!? あたしを連れてくるために色んな人が死んだんでしょ?」

 あかるの声は徐々に小さくなっていく。

「それが、あたしの中にいるんだよね……レテラさんの大切な人も……」

 心臓が跳びはねた。

(大切な人……? あかる、晃のこと知ってたのか?)
「誰に聞いたんだ?」

 一瞬、僕が声に出してしまったのかと錯覚したけど、訊いたのは王だった。王は優しく尋ねたけど、表情には若干の焦燥が表れている。
 あかるは、俯いたままか細い声で答えた。