「それで、気がついたら白い空間にいたんです」
「白い空間?」
「はい。そこに女の人がいました。優しそうな大人の女性で、レテラさんより下かな? 二十五歳か、それより若いかくらいの年齢で」
「その人……どんな服装だった?」
「え? 服装ですか?」

 あかるは怪訝に聞き返した。
 僕も同じ気持ちだ。だけど、バカげてるけど、僕の中に期待が生まれた。予感と言っても良い。

「えっと、着物姿でした。今時珍しいなって思ったんで、確かです。浅葱色の着物で、みつあみの髪を片方の肩にかけてました」
「……髪の色は?」
「えっと、茶色っぽかったと思います。黒くはなかったです」

 あかるは不審がりながら答えて、自答するように、「焦げ茶っぽいかな」と付け足した。

「目の、目の色は?」
「……赤、でしたけど」

 僕は思わず、両手で顔を覆った。こうべを垂れるように膝の上に両手をぶつける。押さえたままの目頭が熱い。

「どうしたんですか?」
 あかるの慌てた声が頭上で響いた。
 僕は気持ちを整えて、顔を上げた。
「いや……何でもない」

 声は普通に出せたと思う。笑んだ顔は強張ってないはずだ。
 話をもっと聞きたい。そう思う一方で、聞きたくないと思う自分がいる。
 相反する思いが渦をまく。だけど、僕は続きを促した。

「それで、どうなったの?」
「あ、はい……」

 あかるは、心配そうにしながらも続きを話し出す。

「それで、その女の人がすごく優しい、柔らかな表情で微笑んで、あたしを抱きしめたんです。すごく良い匂いがして、何だかとても優しい気持ちになって。お母さんってこんな感じなのかなとか、思ったりして」

 あかるは照れたのか、はにかんだ。
 その表情は大人びた印象のあかるには珍しく、年相応な娘に見えた。
 僕の目にその光景が浮かんだ。
 優しく子供を抱きしめる――それは、彼女にはぴったりだ。僕は、切ない気持ちであかるを見る。

「なんだか幸せな気分に包まれたと思ったら、その女の人は突然消えてしまって」
「え?」

「こんな言い方をしたら変だと思うんですけど、まるであたしの中に入っていったみたいだった。なんとなくですけど、そんな感触もしたんです。もしかしたら、あの女の人も魔王の中の魂の人だったのかも知れな――」

 僕はあかるが言い終わる前に、あかるを抱きしめていた。
 あかるの戸惑う声が腕の中で聞こえる。だけど、僕は腕を解けなかった。
 ぽろぽろと、涙が頬を伝う。

「……レテラさん?」

 あかるが僕の異変に気がついて、心配そうな声で僕を呼んだ。けれど、僕はその声を無視してとめどなく押し寄せる涙に身を任せた。

「晃……お前、そこにいたのか」