* * *
「どうしたんですか?」
突然声をかけられて、僕は小さく呟きながら振り返った。
「え?」
視界より頭一つ分下の位置にあかるの顔がある。
「なにが?」
訊き返すと、あかるは気遣うように言った。
「さっき、元気がなかったように見えて……」
「ああ。うん、ちょっとね」
僕は言葉を濁して笑った。笑顔が硬くなってなければ良いけど。
「そうですか」
あかるはそれだけ言うと黙り込んだ。
一瞬、気まずい雰囲気が流れる。数秒だったけど耐え切れなくなって、僕は思いついた質問を投げた。
「そういえばさ。訊いてなかったけど、あかるがこっちに来たときってどんな感じだったの?」
この質問は、前々からしたかった。だけど、あかるは言葉が通じなかったし、通じるようになってからはタイミングが合わなかったりで、訊けずにいた。
あかるは突然のことに驚いたようだったけど、しばらく考え込んで答えてくれた。
「学校の帰りだったんです。夜、十一時頃でした。その日は本屋に寄って少し遅くなってしまって。いつも通る道を歩いてたんです。その通りは、小道ですけど電柱が狭い感覚で並んでいるから明るいはずなのに、その日はすごく暗く感じました。電気がついているはずなのに、フィルターがかかってるみたいに暗いっていうか」
色々分からない単語が出てきたけど、後で聞こう。
僕はとりあえず質問せずに、あかるの話に集中した。
「どうしてだろうって思ったときに、気づいたんです。道路や空が黒く染まって行くことに。あたしは、その闇に足を捕られて、叫んだんですけど、少し前を歩くサラリーマンも、後ろを歩いてきていた女性も、すれ違った男性すら気づいてくれなくて。まるで、最初からあたしはそこにいなかったみたい……」
あかるの顔が歪んだ。
恐怖を思い出したのか、不安になったのか、寂しくなったのかは分からないけど、嫌な部類の感情が彼女の中に渦巻いたんだろう。