マルは、その存在を証明したくてしょうがないって感じだ。だから、証明できるものが見つかるまでは信じない。

 話だけでは、いくらでも虚言を吐ける。だから、もっと確信できるものを手に入れたいって感じだな。
 僕はマルの熱意ある瞳を思い出して、不意にぞわっと寒気が走った。

(あれ、異世界の存在が証明できたら、意地でも〝通路〟を造って向こうの世界へ行く気だろうな……)

 僕はちらっとあかるの部屋を見た。書院甲板の上にあの箱が乗っている。

「あのさ。どうしてあの箱のこと秘密なの?」
「え?」
 あかるはきょとんとして、振り返った。
「ああ」
 合点がいった声音を出して、向き直る。

「箱ってケータイのことですよね?」
「ケータイって言うの?」
「本当は携帯電話っていうんですけど、略してケータイって皆言ってて」
「へえ」

「カメラつきは最近はやってるんですよ。あたしもバイトしてお金溜めて買ったんです」
「へえ。そうなんだ。御両親に買ってもらわなかったんだな」

 偉いなという意味を込めて、何気なく言った一言だった。でも、それはあかるにとっては禁句だったのかも知れない。
 あかるは途端に顔を曇らせて、俯いてしまった。

「そっか、そうだよな。一年以上も帰れてないのに、僕……ごめんな」
 そりゃ、寂しいよな。
「いえ、違うんです」
 あかるは慌てて手を振って、にこりと笑んだ。気遣ってくれたんだ。
「あたし、両親がいなくて」
「え?」

 僕は思わず驚いてしまった。
(あかるは戦争孤児だったのか?)

 あかるから聞いていた話では、日本という国は何十年も戦争はしていなくて、最近ではアメリカとかいう国がとある国を爆撃したという話を聞いて驚いたっていうくらい戦争には縁がなかったらしいし、殺人事件も身近で起こるようなことはなかったという。それどころか、強盗も滅多にないと聞いていた。

 それなのにも関わらず僕の脳は、両親を亡くした者は戦争孤児というイメージがよっぽど強かったらしい。直結してそれに結びついてしまった。

(でも、病気で亡くすという子も多いもんな)
 僕はひとりで納得しながら向き直る。

「どうしてとかって、聞いても良いのかな?」
 遠慮がちに尋ねると、あかるは少し哀しげに笑んだ。
「物心ついた時には施設にいて――」

 言いかけて、「ああ、施設っていうのは、こっちにはないんですよね」と慌てて言ってから、あかるは少しだけ考え込んだ。

「え~と……。正確には児童養護施設っていうんですけど、身寄りのない十六歳以下の子供を引き取って、育ててくれるところなんです」
「たくさんいるの?」
「そうですね。あたしがいたところだと、三十人くらいはいました」

 つけ足すように「もしかしたら、少ない方なのかも知れないですけど」と言って、あかるは微笑んだ。

 なんとなくだけど、その施設の人達のことを思い出したのかも知れない。あかるの表情は今までにないくらいに柔らかかった。

「皆兄弟みたいに育ちました。でも、やっぱり子供の頃は寂しくて……。自分の両親がどんな人なのかすらも知らないのに、親に逢いたいって、泣いてました。やぱり、学校とか行くと周りは皆、親がいる子ばっかりでしたから」

 あかるはにこりと笑った。
 見方によっては吹っ切れたような笑みにも見えたけど、僕には無理をして笑ったように見えた。

「もしかして、あの絵ってそこの子達なの?」
「絵?」
「箱のだよ。箱の内側に描かれてた」
「ああ」
 あかるは納得したように頷いた。