一年と半年の月日が流れて、聖女は日常会話なら支障がない程度に条国の言葉を覚えた。
 元々頭の良い子だったんだと思う。自分の中できっかけを掴んだら、すらすらと覚えていったみたいだ。

 半年前には既に片言ながら話せるようになっていたけど、紅説王がもう少し会話を理解できるようになってから話そうということで、まだ彼女の使命については明かしていなかった。

 今日がその日だ。
 僕は、紅説王に聖女を呼んでくるように頼まれていた。
 ある部屋の前で立ち止まると、声をかけた。

「あかる、いる?」

 ごそっと、部屋の中で物音が聞こえると、誰かが歩いてくる気配がして、障子が開かれた。

「いますよ」

 黒い瞳が僕を見上げて、にこりと笑う。夏らしく、薄い着物の生地。青い色が夏の抜けるような蒼さを現している。腰の白い帯は雲のようで、帯締めは赤を基調とした朝顔の花柄が入っている。
 腰まである黒々とした髪が、さらりとそよ風に揺れた。

「空みたいできれいだね。黒曜石の目に良く似合うよ」
「……」

 聖女こと、あかるは驚いたように目を丸くした。頬を僅かに紅色に染める。

「……ありがとうございます」

 聖女の名は、後藤あかる。日本という国に生まれたらしく、その国はこの世界の世界地図と地形が似ているらしい。飛行機とかいう空飛ぶ船とか、宇宙に人間が行ったとか、日本ではドラゴンは幻の生き物だとされてるとか、そういう話は半年前に聞いていた。最初は皆信じなかった。僕と王意外は。

 でも、今はあかるの話しを聞いて、異世界という存在を信じる人が大半になった。陽空とかアイシャさんとか、ムガイも燗海さんもだ。

 ヒナタ嬢は相変わらず我関せずだし、青説殿下は端から信じてない。というか、聖女がどこから来たのでも関係ないってところか。聖女がその役目をちゃんと果たしてくれれば異世界だろうとなんだろうと良いみたいだ。

 意外なことにいまだに信じてないのは、マルだけだった。――っていうと少し語弊があるか。