「彼女、聖女がここで寝ている」
「ああ、はい……」
 僕は軽く頷いて、
「どうして僕をここに?」

 もしかして、昨日のことがバレたか? もしそうなら素直に謝って、ここに残してもらうように頼もう。密かにどきどきした僕だったけど、それはまったく見当違いだった。

「彼女は見たところ、どこかの国の少数民族だと思う」
「ああ……」

 僕は一瞬呆けて、「そうですね。主だった民族の衣装ではなかったですから」と、話をあわせた。

 聖女は少し変わっていた。服の見た目的には、僕の国が一番近い。だが、肌の色は驟雪国や条国、水柳国の者と同じだった。でも、そのどれの国とも服装が違う。

 彼女はルクゥ国の者が着るジュストコールと少し違う感じの上着を羽織っていた。丈は短いし、豪華絢爛でもない。無地の紺色の生地だ。平服の質素さにも似てるが、ここまで刺繍がない物は初めてだ。

 しかもルクゥ国ではジュストコールは男しか着ない。中に着ていたシャツは似ていたが、それもルクゥ国では男しか着用しない。決定的に違うのはスカートだ。スカートはルクゥ国でも女性が履くが、あんなに短いスカートは見たことがなかった。

 膝より上にあるスカートなんて、破廉恥極まりない。娼婦だって履かないぞ。

「それでだな、レテラ。君を呼んだのは、他でもない。聖女が目が覚めたら、何語で話すか分からないだろう? 君は言語が堪能だから、少数民族の言葉も分かるんじゃないかと思ってな」

「はい。確かにいくつかの少数民族の言語も学んだことがあります。自己流ですが」
「では、聖女が目覚めるまで見張りもかねていてくれるか」
「それは構いませんが……僕より燗海さんの方が言語に関しては堪能なのではありませんか?」

 どのくらい旅をしていたのか詳しくは知らないが、百年以上も旅をしていたんだから色んな民族や部族の集落にだって世話になったりしたはずだ。当然現地の言葉も覚えただろう。
 それに、少し後ろめたい気持ちもある。

「それはそうかも知れんが、燗海がそういう経験になりそうなことは若い者に任せろと言ってな。老いぼれは戦って去るのみだとまで言っていたよ」

(燗海さんらしいな)
 僕は思わず微笑う。だけど、なんだか少しだけ切ない気がした。

「分かりました。では、後学のためにもやらせていただきます」
 僕が承諾すると、王は微苦笑した。怪訝に見返すと、不意に王は頭を下げた。

「すまなかったな。レテラ」
「どうしたんですか!?」

 僕は驚いてあたふたとしてしまった。一国の王が頭を下げるだなんて、ありえない。

「晃さんのことだ。陽空に聞いたのだが、キミは晃さんのことが好きだったんだね」
「……はい」
「火恋も泣いて暮らしていると便りが届いたよ。彼女には乳母として、本当によく火恋の面倒を見てくれていると私も感謝していた。本当に、残念な人を亡くしたと思っている」
「ええ。そうですね」

 王の悲痛に歪む表情を見ながら、僕は小さく頷いた。

「本当は聖女のことは、燗海に頼むつもりだったのだ。レテラには苦しいだろうと。だが、燗海が、レテラなら大丈夫だと胸を張って言ったのでね……大丈夫か?」

 王は心配そうに僕を見た。

「頼んでおいてなんだが、辛いのなら辞めても良いぞ」
「いいえ」
 僕はかぶりを振る。
「大丈夫です」

 僕はきっぱりと答えた。出来うる限り、全てのことを記すと決めた。そしてそれを、後の世に残すんだ。
 王は僕の決意を見て取ったのか、得心したように笑んだ。