顔を上げると、マルはもう風呂敷包みを解いていた。結界に覆われた第三の魔王が煌々と輝いている。なんだか、複雑な思いが込み上げてきた。
「今まで人間をはじめとする、色んなものに憑依させてみたけど、巧くいかなかっただろ?だから今回は、ある能力者の力を借りて、魔王に見合う器のある者を探したいと思う。実験は今夜行う」
「ある能力者って?」
半ば諦めているような口調で陽空が尋ねて、
「入って」
マルは誰かに入室を促した。紅説王が出入りする上段の間の後ろの襖から、知った顔が現れた。
「晃?」
僕は面食らって目を見開く。
「久しぶり、レテラ」
晃は僕に向かって微笑む。いつもと変わらない、優しく柔らかな笑顔。僕の心臓はどきどきと高鳴った。でも、疑問が浮かぶ。
「どうして晃が?」
僕の問いに答えたのは、晃ではなくマルだった。
「彼女は探知能力者なんだ。特定の者を見つけることが出来る」
「ああ」
僕は腑に落ちて小さく呟いた。
火恋に知らせなきゃってこのことだったんだ。
「じゃが、マルや。探知能力者が特定の者を見つける場合、その者を知っているか、その者の身につけていた物か、肉体の一部を持っていなければ察知することは出来ないんじゃなかったかのう。千里眼ならともかくとして」
燗海さんの意見はもっともだ。ただし広範囲を見渡したり、透視出来る千里眼の能力者だったとしても、対象が分からなければ探しようがない。
「それは確かにそうなんだけど、今回はこれを使うから」
そう言ってマルが取り出したのは、いつかの魔竜の皮膚だった。燗海さんが怪我をしながらも捥ぎ取ってきたものだ。
「これを、術式に組み込む。こんなことがあろうかと結界で保存しておいたから、保存状態はかなり良いよ」
マルは得意げに言った。
(こんなことがあろうかと――って、絶対ただの研究目的だろ)
僕は心の中で毒づいた。マルの考えてることは大体わかる。僕もマルの立場ならそうした。何かを知りたいという欲求の強さは記録係も研究者もそう変わらない。
「この魔竜の細胞と、探知能力者がいれば魔王に合う器を持った者は見つかるはずだ。魔竜の細胞を頼りに、全世界を探知する」
マルは意気込んで言うと、「ただし」と付け足して顔を僅かに曇らせた。
「そのためには、探知能力者には死んでもらわなければならない」
僕の頭は真っ白になった。
心臓が一瞬止まって、どきどきと高鳴りだす。



