「ところでマル、実験の方はどうなんだよ?」
 研究や実験の話をふれば、マルは絶対食いつく。他なんてどうでも良くなるはずだ。

「確か、先日魔王創りに切り替えた方が良いかなって呟いてたけど」
「聞いてたの?」
「だってマル、研究室で盛大に独り言言ってたぞ。もう独り言じゃないってレベルで」
「え? 本当?」

 マルは珍しく恥ずかしそうに頭を掻いた。頬が薄っすらと赤くなる。

「マルでも照れることはあるんだな」
「レテラ、僕のことなんだと思ってるの?」

 マルは白い目で僕を見た。とりあえず、乾いた笑いでごまかして、「で?」と話を促す。

「紅説様も実験に限界を感じてるみたいでね。青説様と偶然組むような形で説得してるんだ。それで、今日渋々承諾をいただいたんだよね」
「王も大変だな。各国からもずっと要請されてたんだもんな、この半年」
「そうだね」

 マルは同情するような顔をした。
 半年前はやんわりとした要求だったのが、この二ヶ月ほどで確固たるものに変わり、僕にも進言するように明確に指示された書簡が届いた。それは僕だけじゃなく、アイシャさんや、陽空、燗海さんも同じだった。

 僕は進言しなかったけど、アイシャさんとムガイはやんわりと進言していたのを会議の場で見かけたっけ。

「でも、紅説王にしてみれば苦渋の決断だったんだろうな」
 心根の優しい王を想うと、胸が痛む。
「そうみたいだけどね。紅説様の考えは分かるけど、可能性がある限りやってみるべきだよ」
「まあ、だろうな」

〝マルは〟そうだろうな。と入る言葉は言わなかった。わざわざ角が立つことを言わなくても良いだろう。その考えは僕も賛成だし。

「じゃあ、第三の魔王を創ることになったんだな」
「まあね。これから各国には知らせる予定なんだ。問題がないわけじゃないけど、それを解決する方法がないわけでもない。色々と試してみる価値はあると思うね」

 マルは語るうちに興奮してきて、徐々に声音を弾ませた。
(実験オタクが顔を出したか)
 僕は呆れながら、嬉々とするマルを見据える。そこで、ふと気づいた。

「もしかして、確かめに行くってそれ関係か?」
 僕の質問は的を得ていたらしい。
 マルは眼鏡ごしの小さな目を輝かせた。

「そうさ! レテラは話が早いな! ほら、火恋の乳母いたろ――なんだっけな?」
「晃?」
「そう。晃。彼女がある能力者だって聞いてね。本当かどうか確かめに行くんだよ」

 僕は目をぱちくりとさせた。
 晃が能力者だなんて、今まで考えてもみなかった。

 でも、この世界の六十人に一人は能力者なんだから、可能性がないわけじゃない。だけど、そんなことより何より、興奮しているマルに、僕は嫌な予感がした。

「もしかして、晃を何かの実験に使うわけじゃないよな?」
「今どうこうってことはないよ」
「それ、今じゃなくなったらあるかも知れないってことだよな?」
「レテラはうるさいな」

 冗談めいて、マルが言った。

「うるさいってなんだよ」

 僕も冗談っぽく返すとマルは、「ハハッ」と笑って、「事実じゃないか。メモ魔め」と、僕の肩を軽く叩く。

「心配しなくても、確認しに行くだけさ。ガセネタってこともあるしね。それにもしかしたら、その能力者の出番はないかも知れないし」

 マルは軽く言って、にっと笑った。
 マルは研究狂いだけど、根は良いやつだし、正直者だ。本人には照れくさくて言えないけど、僕はマルに全幅の信頼を置いていた。

「分かってるさ。相棒」
「相棒? 僕がレテラと?」

 マルは眼鏡で小さくなった眼を僅かに大きくした。多分、見開いてる。

「変わりもん同士な」

 おどけると、マルは噴出して盛大に笑った。

「確かにね」