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講習の最後の日

みきちゃんはあわてて教室を出ていく。
みきちゃんはたしかバイトとか聞いていた。

橘君は、部活のミーティングがあるとかですでに教室に姿はなかった。
学校近くにあるカフェで待ち合わせして、どこかに行こうとか言われたけど
なんとなく気分が乗らなくて断ってしまった。

今日はもうまっすぐ家に帰るつもりだった。


縁とキスをしたあの夜。
縁は私を明らかに避けていた。


ずっとここ2週間くらい会話らしい会話なんて
縁としていない。

家族だから会えば挨拶くらいして
それ以上も、それ以下もない。

私をからかうことも、いじわるすることもなくなった。

まるで
そこに私がいないかのような感じ。

私が話かければいいのだけど・・なんて話をしたらいいのかわからなくて。

距離がどんどんできて。

縁はあの時のキスをどう思っているのかな。
後悔してる?


気がつけば、縁で、いっぱいになっている。


縁を思うまま、橘くんの隣にいるのは良くない。
心は、他の人を求めているのに、このまま、橘くんと付き合うのはいけないと思って
きちんとさよならをしようと思っていた。


縁の隣に誰かいたとしても。

きちんと、橘くんに伝えなきゃ。

橘くんを、裏切ることもできない。







いつものように靴を履き替えて一人で昇降口をでると雷の音が、遠くから聞こえてきた。

まだ雨は降っていないけれど、空は雷雲がでていた。
真っ青な空に真っ白な入道雲。

もうすこししたらお天気雨になるかも。

雷が本格的になるまえに、雨がやってくる前に家にかえろうと思って
すこし速足で歩きだした。

いつも、こんな時、縁に折りたたみ傘を借りていた。
縁がいつ
私の分まで傘を用意してくれていた。


一瞬、胸が切なくなって
でも
その切なさを断ち切るように走り出した。



駅までもうすこし。
雷の音がだんだん激しくなってきた。


ふと前方に同じ制服の男女の姿が目に入った・



長身の男の子が、小さめの女の子の肩を抱いて寄り添いながら歩いていた。


忘れるはずがない
あの後ろ姿はどこかで見た覚えがあった。

はやる鼓動を抱えて近づくと
次の瞬間、男の子が隣の女の子を見た。。


その顔を見たときに心臓が止まりかけた。

まさかと思っていたけど・・

ドクドクドク・・・
心臓の音が、体の中で響く

縁と…河崎先輩・・・

甘えるようなしぐさで縁の腕に自分の腕を絡ませている河崎先輩。
縁もそれにこたえるかのように見つめている。

縁の隣はもう・・・・


二人の姿を見るのがつらくなって、気が付いたら私は逃げるようにその場を離れて走り出していた。

とにかくその場所から
二人が見えない場所まで逃げたかった。


来た道を引き返して
通り過ぎた公園のなかに逃げ込む。

「はぁ..」
息切れする呼吸をすこし落ち着かせようとベンチに座るとドサッとカバンが崩れるように落ちた。
中身がぶちまけられたカバンを拾い上げる気力がなかった。

ゴロゴロ・・
早く帰らないと確実に雨に濡れる。

すこしづつ雨が降ってきた・・・。

でももう力が出ないし、動けない。

学校のなかで河崎先輩が縁と話ししている場面はみたことがあった。
でもこの前の二人でカフェにいたこともどこかで縁が否定してくれるんじゃないかって・・
何もないって話してくれるんじゃないかって思ってた。
でも
さっきの二人をみたら
わずかな希望が消えた。

二人の姿が頭から離れない。

どうしようもなく胸が苦しかった。

もう決定的・・・。


傷つく資格ないのに。

まだどこかで私は縁の特別なのだと思っていたみたい。

女の子と二人で出かけていたことも、一緒に下校していたことも・・
どこかで縁が、私の望む言葉で否定してくれるんじゃないかって思っていた。


私は妹でいるって決めたのに。
こんな日が来るとわかっていたのに・・。


それでも縁の特別でありたい。ほかの子にとられたくない

そう思っている。

縁が私以外の女の子に優しくしたり
愛おしそうに見たり

…‥好きになることが嫌だなんて思っている。

自分勝手だ・・わたし。


思わず膝の上で手を、ぎゅつと力強くにぎりしめる。。

「・・・・・・」

気が付いたら
どんどん涙があふれていた。
握りしめた手の上にもたくさん落ちてくる。


あぁ・・もうだめだ。私。


ちゃんと自分で決めたことなのに。

妹なのだと決めた覚悟なんてはかない覚悟だった・
妹でいると決めた気持ちなんて・・・あっさりと崩れちゃう程度だった。


こうして
縁がほかの人のものになっていく・・

その現実をまざまざと突き付けられて
どうしたらいいのかわからなくなっている。


雷と‥雨とだんだん強くなってきた。
雷の音もずっと響いている。

早く帰らないといけないと思っていても
でも動けなかった・・。

もしかしたら家に二人がいるかもしれないと思うと足がすくんだ。


やっぱり私は・・・
縁が隣にいないとだめなんだ。


激しい雨に全身が打たれて
少し寒気がしてきた。制服のスカートの裾から雨の雫が落ちている。

髪の毛ももうぐちゃぐちゃ。

「冷たっ」

惨めな自分。

嗚咽が止まらない。
豪雨の音で自分の嗚咽さえ聞こえない。





「杏・」

いきなり

聞き覚えのある声がして
すぐに、視界が暗くなった。