「それでさあー」

ほら、始まった。話の切り口は決まっていつもこの台詞。他に言葉は無いのかと言ったこともあったが、「意味が分からなーい」と一蹴されてからは聞く気さえ起こらなくなった。

「ホント不思議だよねえ、人生なんて」

あいつは右手で頬杖をつくと、部屋の角の一点を見つめながら溜息をつくように言った。

何処を見つめているのかと振り返って視線の先を追ってみたが、特に何も無かった。

そして、いつものように話は進み、勝手に終わらせては満足したように帰って行く。

私はその姿をぼーっと見送った。

あいつと私の分岐点。あの日、迷った挙げ句に右側の流行のカフェを選び、そしてあのチャラ男に出会ったこと。そして現在、安アパートに一人暮らす私。あいつはあの日、左側の食堂に入ったという。お洒落な店ではないが、その素朴さに惹かれたらしい。そして現在、戸建ての専業主婦で幸せな生活を送っている。

私もあいつも同じ私なのに、人生の中の何処かの判断が違ったせいで異なる世界で生きている。
 
お互いの時間は平行に進み、後悔だけが辛さを積み重ねていく。

一つの体の中に幸せな天使と不幸な悪魔が居るとすれば、あいつが天使で私が無様な悪魔だったということか。

人生を左右する分岐点なんてこんな細やかなこと。

選択肢なんて嫌いだ。

一週間後、真夜中にあいつはまたやってくるだろう。