「おじゃましまーす。」

店内に平良の声が低く響く。

「平良くん、今日遅かったじゃないの。」

ママが厨房から顔を出して声かける。
ママっていうのは、もちろん私のママ。

「部活でこれからの部長とか決めてて。」
「ああ、そうか、そういう時期なのね〜。」

平良は決まったように私の斜め向かいに座る。

私はテレビを見ながら宿題をしていた。

ここはもちろん店内なんだけど、お客さんは誰も私の存在を気にしない。
昔からこうなんだ。

「沙和のクラス、まだそこまでしか行ってないんだ?」

平良が私の宿題を覗き込んで言う。

「え?違うの?」

平良は無言でカバンを漁ってノートを取り出した。

「もう次のとこやってるよ。」
「早。」

ノートには見慣れた平良の字が並ぶ。
字は見慣れているが、そこに並ぶ公式には全く見覚えがない。

平良は頭がいい。
理系の特進クラスに属している。
文系の私とは、数学の授業の進み方が違うのだ。

「じゃあ平良が私の宿題やってよ。」
「やったら何か俺にいいことあんの?」

平良はノートをしまった。

「んー、何がいい?」
「なんだろうなー、何もねえなー。」

宙を見つめる平良の前に、今晩の裏定食(平良限定)がドンと置かれた。

「ごめんねー、昨日と全く一緒だわ。」
「全然いいっす、毎晩これでいいっす。」
「ほんとー?そう言ってくれると助かるー。」

ママが嬉しそうに厨房に戻る。

「俺、まじでこの鶏皮好きだわ。」

平良が小鉢に入った鶏皮ポン酢を食べながら言う。

「それもママに言ってあげてよ。」

私はそう言いながら、テーブルの上のノートに目を落とす。

宿題が終わらない。

「あ、さっきの何でもいいの?」

平良が思い出したように言う。
宿題やってよ、の流れだ。

「やれることなら。何がいい?」
「彼女。」