きっかけは、瀬野ちゃんが始めた恋バナだった。


「ねえねえ、溝ちゃんはカレのことなんて呼んでるの?」


瀬野ちゃんは恋バナ大好きな女の子。

周りのカップルのことも気になるし、自分の話も聞いて欲しい!というタイプ(と、ハルピンは言う)。

きっと、中学の頃からそうだったんだろうなって思う。

告白したり告白されたり?

恋愛ネタで女子同士で盛り上がったり?
 
そういう感じだったのかなって。

なんていうか……私の中学時代にはなかった、そういう感じ。


「フツーに“三谷くん”って呼んでるけど?」

「はい?」


瀬野ちゃんは「は? 今なんて?」と耳を疑うような顔をした。


「で、溝ちゃんはなんて呼ばれてるの?」

「フツーに“溝口さん”だけど……?」

「はあ!?」


瀬野ちゃんに火がついたのはこの瞬間だったと思う――。


彼氏彼女が互いにどんなふうに呼び合うか。

このことについて、瀬野ちゃんはなみなみならぬ思いがあるらしい。

けど、“大変なことになる”っていったい……。


「溝ちゃんはカレに名前で呼んで欲しいって思わないの?」

「それは……」


もちろん、いつまでも「溝口さん」のままっていうのはどうかと思う。

でも、そういうのってなんとなく自然と変わっていくものなのかなって……。


「いい? 溝ちゃんが名前呼びして欲しいなら、自分からグイグイいかないとダメ!」

「グイグイ……」

「待ちの姿勢じゃダメなのよ!ね? 澤君?」

「お、俺!?」


澤君は「おいおい、いきなり火の粉ふりかかってきたよ!」とうろたえた。

それでも、瀬野ちゃんはおかまいなしだ。


「澤君、つき合うまえはカノジョのことなんて呼んでたわけ?」

「ええっ」

「なんて呼んでたの?」


澤君はコーラを一口飲んでから、ぼそっと呟くように言った。


「…………佐々木さん」


(あ。澤君、なんかすごい照れてる)


それでも、瀬野ちゃんは容赦ない。


「でも今は真綾って呼んでるよね? いつから? きっかけとかあったよね? ね?」

瀬野ちゃんは、それこそ“グイグイ”つめ寄った。

私も興味津々だった。

照れてる澤君には悪いけど。


「あー、だから、俺んとこは……」


瀬野ちゃんの勢いに降参したというか、させられたというか、澤君は淡々と話し始めた。


「つき合いはじめた頃に彼女が言ってくれたんだよ」

「なんて?」

「“真綾でいいよ”ってさ」

「で?」

「俺が“了解”って言ったら……」

「そしたら?」

「“私も航(こう)ちゃんって呼ぶね”って」


何でもないふうに喋っていても、澤君が照れまくっているのはバレバレだった。

それはもう聞いてるこっちまで、照れちゃうようで、くすぐったいようで。

私は「うわーっっ」って気持ちになった。

でも、瀬野ちゃんはちょっと違ったみたい。