(あーあ、私のバカ……)
学校に忘れ物をするという痛恨のミス……。
それに気づいたのは、いつものバス亭で帰りのバス待ちをしているときだった。
音楽の授業で出された課題を少しでもやろうと思ったら、リュックに入れたはずの教科書がない。
当然、挟んであった課題のプリントも。
(音楽室で座った席の机の中だ、たぶん)
私は大きな溜息をつくと、仕方なくすごすごと引き返した。
学校は驚くほど静かだった。
今日は2年生が校外学習のため不在で、先生方の会議の関係で部活も完全休止。
一年生は喜び勇んで下校(私だってそうだった……)。
3年生には自習室の利用が許可されているそうだけど、そのへんのことはよく知らない。
音楽室は4階の奥にある。
いつもなら、放課後は吹部の人たちでいっぱいの廊下も、今は静か、誰もいない。
けれども、音楽室の扉は開いていて――。
「(あっ……)」
瞬間、私は衝撃とともに固まった。
だってそれは、とてもとても思いがけない光景だったから――。
机に浅く腰掛ける女子生徒。
彼女の肩には、男子生徒の右手がそっと置かれている。
ゆるくつながれた、彼女の右手と彼の左手。
中途半端に絡んだ指先が、どこか歯がゆく甘酸っぱい。
静かに唇を重ねるふたりは、ひどく優しい空気をまとっていて、とてもとても美しかった。
画面の向こうでもない漫画の中でもないリアル。
(っていうか……っ!!)
「うそ!? 溝ちゃんっ!?」
「え??? 溝ちゃん???」
とっても素敵なキスをしていたのは、なんと……同じクラスのコミ―とウル君だった。
そりゃあまあ、うっとり夢心地から目を開けたら視界に私がいたのだから、驚くのも当然。
けど、私だってめちゃめちゃ信じられないんですけど!!
(二人の秘密を知っちゃったよ……どうしようっ)
「私、あのっ、音楽室に課題のプリント忘れちゃって、それで……っ」
(うぅぅ、気まずいよ。気まずすぎるっ)
いっそこのまま「何も見てない、見られてない」っていうていでいく? いける?
私はとにかく全力で忘れ物を奪取して(誰から?何から?)その場を逃げ去ろうとした。
「待って、溝ちゃん」
でも、やっぱりそうはいかなかった。
コミ―に呼び止められて、びくりと足を止める。
「これから話す時間あるかしら?」
隣で不安顔になってるウル君をよそに、コミ―は落ちつきはらっていた。
「ファミレス奢るし。どうかな?」
「時間はぜんぜん大丈夫だけど……。あ、フツーに割り勘でいいし」
「よくないわよ」
「え?」
「口止め料ってやつ。だから、私と“朔(さく)”の奢りね」