サッカー部のイベントは大盛況で、ミニサッカー大会や、PKコーナーは多くの“ちびっこ”で賑わっていた。


「あ、優クンだ!」


誰よりも早く八代を見つけたのは、やっぱり瀬野さんだ。

その視線の先には、小さな男の子に優しく接する“頼もしいお兄さん”な八代がいた。


「八代さ、練習熱心で真面目じゃん? だから、先輩からもすっげー信頼されてんだぜ」

「そっか。頑張ってるもんね、優クン」


ロクちゃんの言葉に、瀬野さんは柔らかに微笑んだ。でも、その横顔はどこか淋しげだった。


「カレ、努力家だもん。いつだって、マジメでストイック。それが、優クンだから……」


八代を見つめる瀬野さんは、周りの僕らが切なくなるほどいじらしかった。



結局、それから僕らは5人で文化祭を回り、八代は最後まで合流することはできなかった。

家が同じ方向だというハルピンさんと瀬野さんは先に帰り、3人が残った。


「溝口さん、瀬野さんと八代ってどうなん?」

「どうと言われても……」

「ロクちゃん、聡美さんを困らせないでよ」

「すまんすまん。俺、クラスのほう戻るからさ。八代にはよく伝えとくわ」

「ああ、うん。おつかれ」

「おう。溝口さん、瀬野さんの話聞いてやってな」

「うん。ありがとう、六川君」


まったく、ロクちゃんは男前だな。僕が女の子だったら惚れてま……うかはわからないけどさ。


バスで帰るという彼女を送りながら話したのは、やっぱり八代たちのことだった。


「八代君は瀬野ちゃんの気持ちわかってるのかなぁ」

「気持ちって、例えば?」

「全部だよ」

「全部?」

「堂々と紹介してもらえないのも、なかなか名前呼びしてもらえないのも、いろいろ淋しいし悲しいってこと」

「なるほど」


(聡美さん、怒ってるなぁ)


基本、彼女はあまり機嫌が悪いということがない。

たまに、自分で自分に腹を立てて落ち込んだりイライラすることもあるようだけど。

それでも、そんなときでも、自分を俯瞰できるのが彼女のすごいところ。

僕に闇雲に当たるようなことは決してない。

僕としては、ちょっと当たられてみたい気もしないでないけど(ドMか?)。

まあそれはきっと贅沢な悩みなんだろうな、うん。


「夏祭りのとき。瀬野ちゃんと八代君、手をつないでなかったでしょ」

「そうだね」

「瀬野ちゃん、淋しそうだったよ。八代君は、そういう瀬野ちゃんの気持ちとか何とも思わないのかな?」


おそらく、気づいていないのではないかと……。

奴がバカなのは(こんな言い方失礼だけど)、彼女にあんなにも想われて望まれているのに、てんで自覚できないところだ。

ロクちゃんが言うには、生真面目な八代は自分に厳しくて自己評価が非常に低いらしい。

だから、瀬野さんに対してもなかなか大きく踏み出せないのだろうよ、と。


「諒くんはどう思う?」

「なんていうか……あいつは真面目で慎重な奴だよ」


ちょっとずるい言い方をした。

でも、友達のことを「奴はいっぱいいっぱいで、彼女の気持ちを考えられていないと思われ」などとばっさり言うものどうかと思われ……。


「なんか違くない?」

「え?」

「諒くんだって“真面目で慎重な奴”だよ? だからね、そういう問題じゃないと思う」


(さすが聡美さん、するどい指摘を……)


「私ね」

「うん?」

「諒くんがいつも“いい?”って聞いてくれるの嬉しいよ」


彼女はめちゃめちゃ照れながら伝えてくれた。


「私の気持ちを大事にしてくれてるんだなって、尊重してくれてるんだなって、すごくわかるし。そういう慎重さとか、繊細さとか? 大好きだなって思うし」


(今、僕って宇宙で一番幸せなんじゃない?)


僕の気持ちや考えは、ちゃんと彼女に届いていたんだって、心の底から実感した。

あと、「うざいと思われてなくてよかったー」なんて、ちょっとほっとしてみたり。


「あ、でも。ときどき、私の反応見て楽しんでるときもあるよね? ま、いいんだけど」

「バレてたんだね……。ま、いいんだけど」


顔を見合わせて笑いながら、僕は心から彼女のことをやっぱり好きだと思った。


「別に、拒否されたらどうしようとか、そういう気持ちで聞いてる感じじゃないんだけどさ」

「うん。その瞬間の私の気持ちを大事にしてくれてるんだなって思ってるよ。あと、なんていうか――」

「うん?」

「諒くんて、私が何を考えてるとか興味持っててくれて、わかりたいと思ってくれてるんだなって。それはね、いつも感じてるよ?」


その言葉が嬉しくて、屈託なく笑うその笑顔が可愛すぎて、僕の心は“大忙し”だった。


「僕……なんか、すごい勇気でるよ。うん」

「勇気?」


不思議そうに小首をかしげる彼女に、今度は僕が頑張って伝えた。


「うまく言えないんだけど“これでいいのだー!”って思える感じかな」

「バカボン?」

「バカボンのパパだね」

「あ、そっか。私って無知だね……」

「そんなことないよ」

「諒くんは優しいなぁ」


楽し気に笑う彼女の横顔を、僕は愛おしく見つめた。


「僕、いつも聡美さんに元気をもらってるよ」


一方通行じゃないってことを、君はいつだって僕に伝えてくれるから。

真っすぐな言葉で、ときには素直な態度で。

君がくれる元気が、僕をありのままの僕でいさせてくれる。

君がくれる自信が、僕の心をしなやかに強くする。


「私のほうがいっぱいもらってるよ、きっと」


彼女は照れながら、腕をくんで僕にぴたりとくっついた。


「あのね、こんなふうに話せるのってすごく大切だよね」

「うん。僕もそう思うよ」

「ちゃんと話せば解決できることって、わかりあえることって、いっぱいあるもん……」


彼女が言いたいことは、もちろんよくわかった。


「八代は口下手だからなぁ」

「でも、言わなきゃ伝わらないことはいっぱいあるよ?」

「そうだね。言えば伝わることはいっぱいある」


もしも本気で「言わなくてもわかるだろ?」なんて思っているのだとしたら、八代は相当やばいと思う。

彼女を思いやって二の足を踏むのは「慎重さ」かもしれないけど。

でも、自分がカッコ悪くなるのを怖れてなら、それは「卑怯」か「臆病」でしかない。


(ああもう、まったく……)


僕の彼女とおまえの彼女は友達なんだからな。

おまえの彼女が悲しいと、僕の彼女も悲しくなるんだぞ!

などと……おせっかいながら勝手に心配する僕なのであった。