「あ、でも、何もやましいことはないから。裕ちゃん、私には全然手を出さないの」

 さっきのキスが脳裏によみがえるけど、あれは健ちゃんに対する演技だから。

 裕ちゃんは私に欲情しているわけじゃない。私が許可したら夜の営みもする、みたいに言っていたけど、あれも冗談に違いない。

「だから羅良、帰ってきてよ。裕ちゃん、可哀想だよ。花嫁に逃げられるなんて」

『うーん……』

「もちろん、羅良にも家出したくなるような事情があったんだよね。でも私たち、何も聞いていなくて、戸惑っているんだ。一度帰ってきて。話をしよう。裕ちゃんや親と話すのが嫌なら、私だけでいいから」

 電話を切られるのが怖くて、一生懸命話しかけるが。

『ちょっと、まだムリかな。探偵が近くをうろついているから』

「えっ」

『確実に言えるのは、私はその結婚を望んでいないということ。裕ちゃんと夫婦にはなれない』

「そんな、どうして」

 高校生のときから付き合って、約十年。

 見た目や財産を抜きにしても、裕ちゃんは優しい。家事スキルゼロから始まった私を、ひとことだって責めたりしないんだ。