「ああ、しんどかった……」

 五日前に義両親が来てから、料理の楽しさと大切さに目覚めた。

 簡単なレシピを検索しては自炊しているのだけど、どうやら鉄分不足になっているらしい。

 マンションの入口に向かい、フラフラ歩いていると……。

「おねーえさーん!」

「げっ!」

 明るい表情で、手を大きく振って駆け寄ってくる人がひとり。

 裕ちゃんの弟、健ちゃんだ。

 聞こえないフリをし、建物の中に入ろうとした。

 だけど私服姿の彼は、あっという間に私の目の前に。

「遊びに来ちゃった」

 フリーの女子ならうっかりときめいてしまいそうな爽やかな笑顔で、彼は笑う。

「ええ……。今、平日のお昼だよ。健ちゃん、お仕事は?」

「俺? 俺は兄貴と違って、自由なんだよ」

 ちょっと何を言っているのか、わからなかった。

 裕ちゃんとは別だけど、健ちゃんも星野グループの企業で働いていると聞いたことがあったような。

「研究職だからさ。行き詰ったー!って言って部屋を出ていっても、誰も文句言わないの」

 そりゃ言えないだろ。

 全然悪びれない健ちゃんに呆れる。

 こういうやつがいるから、真面目な人たちが損をしたり、働くのがバカらしくなっちゃうんだ。