「最初から物が溢れているよりは、すっきりしている方がいい」

 裕ちゃんは寂しいクローゼットの前で、伸びをした。

「じゃあ、俺は会社に戻る」

「そっか。ここまでつきあってくれて、ありがとうね」

 脱いであった上着を腕に引っかけ、玄関に出ていく裕ちゃんについていく。

 ドアを開ける寸前、裕ちゃんが振り向き、あごをしゃくった。

「ん」

「ん?」

 なにかのモノマネかしら? と首を傾げると、肩に手を置かれた。

「いってらっしゃいのキスは?」

 囁かれて、ぼっと顔に火が点いたように熱くなる。

「へ、へ?」

「羅良とそういう約束になっているから、ちゃんとしてもらわないと。いってらっしゃいのキスと、おかえりのキスを」

「ええっ!?」

 そんなの、今時する人いるの?

 のけぞるけど、裕ちゃんは私の肩を離さない。

「早く。これ以上遅れられない」

 私をのぞきこむ目に、挑戦的な光が宿っているような気がした。

 どうだ。やってみろ。お前にできるか。

 そう問われているようだ。