顔を洗ってキッチンへ向かうとアキラが先にコーヒーを飲んでいた。




「美幸ちゃんも飲む?」




その質問に首を振って答えるとアキラはそれまで浮かべていた微笑みを消して真面目な顔になった。




「…君はいつから味覚を感じなくなったの?」





一瞬何を言われたか分からなかった。




……どうして……




なぜアキラは気付いたのか。




「俺の趣味は人間観察なんだ。だから君が味覚を感じていないことには直ぐに気付いたよ」




確かにアキラには人を観察する癖があるのは分かっていた。




だが全くと言っていいほど感情を表に出さなかったはずなのに彼にはバレてしまった。




「生れつきじゃないよね?君は食べたり飲んだりしたあとに思い出すような顔をする時があるの気付いてた?それはそれの味覚を思い出そうとしてたからでしょ?」






私は驚いたまま首を振る。






それに対してアキラはニコッと笑う。






「今は味覚も戻ったみたいだけど……味覚が失くなったのは……過去に原因があるんじゃない?」






今度こそ私は動揺を隠せず持っていたお皿を落としてしまった。





「!!大丈夫!?」





アキラが驚いて駆け寄ってきた。




震える指でお皿の欠片を集める。





「…ご、ごめん……手が、す、滑って……」





私の頭の中では思い出したくない過去が溢れだそうとする。





「っ……」





ぽん、と頭に手が乗った。





それは安心するような温かい手で。





「…ごめんね。そんなに動揺するなんて思わなかった。……美幸ちゃんが言いたくないなら言わなくていいから……だからいつもみたいに笑って?」





そのアキラの言葉に私はアキラを見た。





その目には温もりを感じさせるものがあった。





「……うん。」





その時、リビングへと繋がるドアがガチャと開いた。





「どうしました?何か割れる音がしましたが」





棗と無限が慌てたように入ってきた。





「あ、ごめん~!俺が手を滑らせちゃってさ。」




アキラが明るく言った。





「そうだったんですね。二人とも怪我はしてないですか?」




「うん、大丈夫だよ。美幸ちゃんは?」






「わ、私も…大丈夫。」





ちらっと棗の視線が飛んできたように感じたが私は顔を伏せることしか出来なかった。





「そうですか。気を付けてくださいね、アキラ。」





「うん。悪いな棗。」





「気にするな」





アキラは最後にもう一度だけ私を安心させるように頭を撫でた。