【番外編 その4】 交際を始めた二人のお話
孤独も溶かすいっぱいの魔法



「あのさ……そろそろ名字で呼ぶのやめない?」



突然に、栗山くんがそう言った。

本当に、それはもう唐突にだった。

それに対して、さらに自分は当然のことのように、また尋ね返した。



「どうして?」

「どうしてって…………そりゃ、何か他人行儀みたいで、淋しいじゃん」

「淋しい?」

「改めて気づくと、そりゃ、淋しいもんですよ。咲宮さん」



「ごめんなさい」と自分が小さく呟くと、栗山くんが困ったように笑う。

その表情が、また自分の胸を締め付けたような気がした。

しかし、だからと言って、直ぐにでも呼び方を変えるなどということは、容易なことではない。

自分にとって人生初の彼氏、栗山くんと付き合いはじめて、三週間ほどが経とうとしている。

しかし、三週間とは言えど、二人の仕事の都合上、直接会っているのは、そのうちの1、2回程度だ。

そのせいか、あまりまだ実感が湧かない。

今日も仕事帰りに、久しぶりに顔を合わせているところである。

焼鳥屋さんのカウンター席に隣り合わせで、栗山くんは主に呑んだり、自分は食べたりしている。

未だに、これは夢または嘘なのではないか、とでさえ思う。

それだから、相手を何と呼んだらいいか、という考えに至ることもなかった。



「じゃあ……どういう風に呼んだら一番良い?」



自分は、ゆっくりと首を傾げた。

可愛い子ぶったつもりは、微塵もない。

栗山くんは、自身の後頭部を掻く。