誰も気づきそうにもないような、小さな小さな嘘。

自分は先輩をじっと、見つめた。



「実は、全く驚いていませんでしたよ。だって、先輩が結婚したって、驚きません」

「え」



こんな賑やかで、他人にだけ優しい人の隣に、誰も居ないという事実の方が、驚きだ。

少なからずとも、ショックを受けるだろう。

けれども、それは自分には無意味で、何の実もつけない。

この人のことは、好き。

でも、それは「上司」として憧れている、ということ。

いい頃加減、割り切らなければならない。

そうでもしないと、うやむやなままの方が、先輩に失礼だから。

それなのに。

何時でも思って居るはずなのに、未だに出来ずに居る。

しっかり向き合った顔を、お互いに眺めながら、それぞれ何かを思っているのだろう。

先輩は未だに、固まっていた。

心持ち、先輩の眉が下がっている、かもしれない。



「角野先輩なら素敵な人が、絶対に現れますから」



慰めでも何でもなく、本当に思っている。

意外にもこんなに紳士で、真摯な人に惹かれない人なんて、きっと居ない。

それどころか既に、誰かに狙われてるかも。

自分は、そんなどう仕様も無いことを考えていた。

自分が言ったことに対して、何故か先輩がにやける。