「そう」

「うん、じゃあ行ってくるね」

「うん、気をつけていってらっしゃい」


 そう言うと実花さんは、私の頬に軽くキスをした。


「いってきます」


 小走りで駆け下りる階段、手すりを持たない方の手で私はキスをされた頬に触れてみた。

 このキスも、幾度目のキスだろう?

 同じ部屋で朝を迎え、数えきれないほどのキスを交わしている私達はもう、恋人同士と言えるだろう……たぶん。

 だけど私は、恋人に言えない事があるの。

 恋人に気を遣い、大切な彼方のことを一切、話題にもできない。

 口籠り、考えてから話す私……それはまるで、ノートに書いては消してを繰り返しているみたい。

 わたしはそれを、これからもずっと続けていくの?

 故意に彼方の存在を消して、今の私はひどく苦しかったりする。

 だけど……時は流れてゆく。


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「それも、時間の問題……」

「えっ!?」

「何、ユウ、話聞いてなかったの
 もう一度最初から言うわね」


 私は今事務所に来て居て、年末年始、来年の活動についての大切な話をしていた。----はずなのに、私は彼方に「連絡する」と言ったまま連絡できないでいることを、スマートフォンの待ち受け画面を見つめながら考えてしまっていた。