どうしよう、このままでは会場に戻れない。
いま頼れるのは、イチにぃしかいないけど。
携帯で連絡して…………あ。
携帯、バッグの中だ。
私が持ってるのは、涙と化粧でぐちゃぐちゃになった、ハンカチだけ。

………戻るしかないのか。
髪をアップにして纏めていたバレッタを外してみる。
髪を下ろすと、顔を隠せるかも?
ちょっと俯き加減で、顔を上げなければ……。
バッグを取りに行って、外に出てから電話連絡しよう。
みんな酔ってるだろうから、大丈夫だよね?



ガチャ。

…………………!!

突然ドアが開いたかと思うと、誰かが中に入ってきた。
私は慌てて顔を俯かせ、身を縮こまらせる。
隠れる場所なんてない狭い喫煙室で、必死に気配を殺そうと悪足掻きしてみるけど、そんな努力も無駄だった。

「あれ、タバコ吸ってるんじゃないんだ。もしかして火を持ってなかった、とか」

話しかけられたけど、顔を見られたくない。
仕方なく無言で首を横に振った。

「あのさ、さっきから俺、トイレを探してるんだけど。どこにあるか知らない?」

質問されたから無視するわけにもいかず、顔を伏せたまま答えた。

「ここを出て右手側の突き当たりです」

「あ………………」

『ありがとう』って言って出ていってくれるのを期待したのに、その人は私の真向かいに腰かけてきた。

「蘭さん……?もしかして」

自分の名前を呼ばれ、反射的に顔を上げてしまった。

バカだ……私。
目の前に座っている人と、バッチリ視線が絡まった。

「さ、佐伯、主任……」

私の目の前にいるのは『佐伯翔真(さいき・しょうま)』 新・教事1課、主任。

どうして、佐伯主任がここに?

「やっぱり、蘭さんだったのか。髪型も顔も違うから分らなかった」

本当に私だと分かって、珍しいものでも見るようにマジマジと見つめてくる。
そりゃ、珍しいでしょうけど。