その時『あはははは!』と笑った彼女。
勿論声はここまで届かないけど、きっとそんな笑い声だと分かる。

俺は……あの笑顔を見たことがある。

いつ?
それは思い出せないが、心の何処かに眠っている記憶が呼び起こされたような感覚。

あの笑顔の女性は、俺のパートナーである"蘭まひろ"
なぜ直ぐに気がつかなったのか。
それは、顔がいつもと違うから。
今日の彼女は、化粧が薄い。
表情も柔らかく、笑顔が眩しくさえ感じられる。

なんだ、アイツはこんな風に笑ったりするんだ……。

しかし、俺は確かにあの笑顔を見たことがあるはず。
俺に、俺だけに向けられた笑顔を。
気付けばもう30分くらい彼女の姿だけを目で追っていた。

あ、あれは上村課長。
視察にやって来たってとこだな。
万が一にも見つかったら厄介だから、そろそろ退散しよう。
カフェを出て、ケーキ屋の方にある駐車場に向かう。

「……翔さん?」

声をかけられ思わず振り向くと、新と信だった。

「おう、偶然だな。なんだお前ら、いつも一緒だな」

「まさか!たまたまですよ。あれ、翔さん"Many・cakes"じゃないですかそれ」

新に指差されたのは、俺が持っている紙袋。

「あ、ちょうど良かった。明日父さんに持たせるつもりだった。こないだのケーキのお礼。みんなで食べてくれよ」

「え!マジでいいんですか?帰りに買いに行こうと思ってたんだ!!ありがとうございます翔さん」

「なんか却ってスミマセン。ありがたく頂きます!翔さん」

こいつらホントに素直で可愛い奴らだな。

「いいって。あのケーキ、マジで美味かったから。姉さんによろしく伝えといて」

「了解です!翔さん今日は買い物ですか」

「まあな。もう帰るとこだけど。お前らは?」

「俺たちは姉貴の助っ人に駆り出されるとこ。働いてきまっす!」

「ふーん、まぁ頑張れよ。じゃあな!」

高校生でアルバイト?
ボランティアか?

双子の後ろ姿を見送って、また"Many・cakes"へ
俺と父さんの食べるケーキを買って帰るとしよう。