…………怖い!

佐伯主任に早く会いたくて、無我夢中だったから、高所恐怖症なんて忘れてた。
だけど体に染み付いた恐怖は、当然消えるわけもなく私を襲った。
この景色が目に入るから怖いんだ。
それなら目を瞑ればいい。
深呼吸をして、目を閉じてみた。

ほら、もう怖くない……。
またゆっくりと歩き始める。
一歩、また一歩と、確かめるように足を進めていく。

佐伯主任に会いたい、ただそれだけでここまで来た。
だけど長いな……この吊り橋。
子供の頃はただ恐怖だけで、ただ泣きわめいて、イチにぃに抱きついてた。

もうそろそろ終わり……?
恐る恐る、目を開けてみた。
だけど、期待したほど足は進んでいなかったようで、目の前にはまたまだ続く吊り橋……。
もう、ダメ限界……。
立っていられなくなり、その場にズルズルと座り込んでしまった。

「まひろ!」

後ろの方から私を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、ゆらゆらと橋が揺れて誰かが近付いてきた。
そして、その人に私はギューッと抱き締められた。

「まひろ大丈夫か?怖かっただろ、1人で行かせて悪かった。もう大丈夫だぞ、俺がここにいるから……」

イチにぃ……。
私、イチにぃに抱き締められているんだ。
イチにぃの腕の中って、暖かくてこんなに安心できるんだ。
初めてだよこんなの、知らなかった。
恐怖心が薄れていくのが分かる。

「あ、ありがとうイチにぃ。私、もう大丈夫だよ」

「うん、良かった。本当に良かった。だけどもう少しこのままでいさせてくれないか?まひろ……」

「……イチにぃ、どうしたの?」

ちょっとだけ震えているような気がするけど。
もしかして、イチにぃも本当は怖いの?

「まひろ、お前にずっと隠していたことがあるんだ。聞いてくれるか?」

私に隠し事なんて、何だろう。
言葉で返事をする代わりに、イチにぃの腕の中でコクンと頷いてみせた。

「俺はずっと前からまひろのことを見てきた。ずっとそばで守ってやりたかったんだ。小さくて、可愛くて、泣き虫で。そんなお前が本当に好きだったんだ、俺」