メロンを課長と有田さんの2人に託し、車のエンジンをかけようとして手をとめた。
代わりに携帯を取り出し、電話をかける。

「……………………出ないな」

早く出てくれ。
10コール以上待ってやっと繋がった。

『も、もしもしっ、主任!?すみません今、母と買い物中で』

「なるほど。今日は蘭さんのシフト?」

『今日は母が作るんですが、私も手伝うんで……食べに来ます?』

「行きたいところだけど、これから実家なんだ。早退したからこのまま向かう。さっき蘭事務所に行ってきたんだ」

『そうでしたか。私がいなくて主任ひとりじゃ寂しかったでしょ?』

「そうだな、お前がいてくれたほうがよかったのにな」

嘘は吐いてない。
有田さんが一緒だったことは言えないけど。
携帯の向こう側で蘭さんが息を飲んだ様子を感じ取った気がしたが、何か気に障ったのだろうか。

『実家、気を付けて行ってきてくださいね』

「……ああ、行ってくる。また電話するから」

なんか今の会話、ぎこちなかったのは俺が後ろめたい気持ちを隠しきれなかったからか。
悪いことはしていないと有田さんを諭したくせに、罪悪感を拭えないのはなぜなんだ。

電話というのは、声を聞けても側にいないこの距離がもどかしい。
今すぐ彼女に会いたい気持ちを無理矢理抑え込み、実家に向かうべく車を発進させた。
近付きたい気持ちと裏腹に、離れていく距離がやるせなくて仕方ない。

彼女に堕ちた自覚はあったが、その自覚以上の想いを抱えてしまっているらしいと今更ながら感じている。
俺の想いを彼女に伝えられるのは、果たしていつになるのだろう?

この時の俺は、まだ気付くことができなかった。
助手席に有田さんを乗せていた俺の車と、蘭さんがニアミスしていたことに。
そして、その瞬間やそれ以降に彼女がどんな想いを抱いていたのかも。
待ち望んでいた決着の時は、もうすぐそこまで、確実に近付いてきていた……。