「まひろさんに聞いたら『何もいらない』の一点張りで。仕方ないから信頼の置ける上司にアドバイスをもらいました」

「一弥くんね。嬉しかったわ本当にありがとう。こんな賑やかな家だけど、またいつでも遊びに来てくださいね」

「はい是非とも。今日はご馳走さまでした。それでは失礼します」

よかった、お母さんと話してくれてる間に用意できた。

「主任、さっき褒めてくれたチーズケーキです。お父様とご一緒に召し上がってくださいね」

「サンキュ。父さんも喜ぶな、きっと。遠慮なく頂いていくよ」

あ、いま一瞬微笑んだような気がした。
私の好きな柔らかい表情……。
今日はたくさん見れて嬉しかったな。

「じゃあ、私も下まで送ってくるから」

駐車場まで、ほんの僅かな時間だけど、2人きり。
それくらい、いいよね?
エレベーターの狭い空間にも、ドキドキして落ち着かない。

主任もドキドキしてるのかな……?


エレベーターで2人きりってことを妙に意識してしまい、俯いて顔を上げられなくなった。
また鼓動が高鳴っていく。

あっ。
サッと手を取られ、指を絡ませられる。
チラリと主任を見上げると、優しい眼差しを向けられていたことに気が付いた。

「料理も、ケーキも、めちゃくちゃ美味かった。ありがとな」

わぁ……。
どうしよう、今日は褒められてばかりな気がする!
これって、夢じゃないよね。
結局直ぐに返事の言葉を口にできないまま、エレベーターが下に到着。
手を繋いだまま、エントランスへ。

車は駐車場だから、ここでお別れかな。
なんて寂しく思っていたら、主任が立ち止まって私を振り返った。

「蘭さん……。気にしてるようだったから言っておくけど、元カノから手作りのお菓子なんて貰ったことないし、料理を作ってもらったこともない」

「え、そうなんですか?」