それにしても、蘭さんときたら。
あの人に向かって『腹黒い』なんてことを言ったとは。
まあ、多少の脚色は加えられているだろうけど。
似たような意味のことを無意識にポロリと言ってしまったのだろう。

俺もその場に居たかった。
笑い飛ばされて慌てまくっている彼女の姿が目に浮かぶ。
あの厚塗りの仮面も形なしだったことだろう。
考えただけでも笑いが込み上げてどうしようもない。

ただ貴浩兄さんが、彼女を自分のオモチャのように操ろうとしているのが、どうにも我慢ならない。
彼女の仮面を剥がした本当の顔を引き出していいのは、俺だけだ。

だけど俺は、イチにぃから釘を刺されていることがある。
蘭さんと付き合う上での心得、みたいなものか。
俺が自分の気持ちを自覚し、イチにぃに『蘭さんの素顔に堕ちた』と打ち明けた後のこと。
とりあえず報告だけして帰ろうとした俺を引き留め、忠告してきたのだ。

蘭さんは多分今までに、男と付き合ったことがないと。
そんな彼女のファーストキスを奪ったあげく、2ヶ月もの間放置していたことを責められた。

だけど、俺に酒を飲ませ過ぎて記憶を失わせた責任は、自分にもあると認めたイチにぃ。
付き合うことになったとはいえ、正直まだ気持ちが追い付いていないだろうと、蘭さんのことが心配でたまらないようだ。
過保護過ぎるにも程があるだろ……。

そこで、幾つかのことについて約束させられたのだ。
こりゃ、なかなか煩い小舅になりそうだ。
新や信なら何も口出しせず、俺に任せてくれるだろうと思うけどな。

新と信は、父さんの教え子。
担任と生徒であり、クラブの顧問と部員という関係でもある。
高校で理科の教師をしている父さんの『実験体験クラブ』という、どう考えても怪しいクラブに何故か入部してきた新と信。
部員不足で廃部に追い込まれても可笑しくないはずだが、意外にも部員数は確保できているらしい。
そのほとんどが幽霊部員らしいが……。

父さんが新入部員の歓迎会と称して家に新と信を呼んだ事から、俺も新と信に会って楽しい時間を過ごすことができた。
まさか、2人が蘭さんの弟とは知らなかったけど。