「分かりました。じゃあこれからは私も蘭さんみたいに『貴浩部長』と呼ばせていただきます。それでいいですか?」

あまりにも素直な態度の佐伯主任を、失礼ながら意外だと思ってしまった。

「あ、ああ。もちろんだよ。意外と簡単だったな。長い付き合いなのに、なかなか名前で呼んでくれないから、嫌われてるんだろうなって思ってたけど、蘭さんのお蔭で一歩前進ってとこだろうね。ありがとう蘭さん」

わ、私?

「お礼を言われるようなことをした覚えはありません……」

「いいんだよ、こっちの話だから」

「それでは貴浩部長、試作品が完成したらまた伺いますので。ご連絡お待ちしています。長々とお邪魔してしまいすみませんでした」

「分かりました。今日は突然の無茶ぶりにも関わらず、快く応えてくれてありがとうございました。蘭さん、帰りは気を付けてね」

「は、はい……ありがとうございます。では失礼致します」



「……今度は"Many cakes"の焼き菓子じゃなくてケーキを買ってやるよ」

「え、なんで主任が?」

「なんだよ、いらねーのか」

嬉しいに決まってるけど、物に釣られるって思われるのもなんだか嫌だし。
けど結局、主任が待ってそうな答えを口に出してた。

「ありがとうございます。喜んでいただきます」

「だからさ、その代わりに……。また作ってくれよ、パウンドケーキ」

あ、前にもらって絶品だったっていう、手作りケーキ。
私、そんなに上手に作れるかどうか自信がないし。
またジェラシーが甦って来た。
私の知らない誰かに嫉妬の炎を静かに燃やし始めた私は、とんでもない事を口走っていた。

「分かりました。その勝負受けて立ちます!主任の元カノよりも美味しいケーキ作ってみせます!!でも私が得意なのはケーキだけじゃないですよ。だから今度、うちにご飯食べに来ませんか……?」