煉には過去に、たった一度だけ、さくらと出逢う前に、密かに想いを寄せていた女性がいた。

 あれは確か、不死身なってから間もない頃、明治時代の半ばだった。賊に襲われ、見知らぬ森で倒れていた煉を、一人の女性が助けたことが始まりだった。

 さくらとはいい意味で正反対の、とても大人しく清楚な女性だった。名は千歳(ちとせ)と言った。

『こんな場所で、命を落としてはいけませんよ』

 煉の正体を知らない千歳は、甲斐甲斐しくも世話を焼いた。その優しさに次第に心を奪われた。そして、いつしか二人は共に一つ屋根の下で暮らすようになった。

 こんな日々が少しでも長く続けばいいと、ささやかな願いを煉は心の中で思っていた。

 ──自身の正体は伏せたままで。

 ある日の晩のこと。

 煉は千歳から昔話を聞かされた。丁度、煉がさくらに過去を打ち明けたように。
 
 それは病に倒れ亡くなった夫を、未だに心の中で想い続けているという告白話だった。

 打ち明け話を聞いた時、極僅かな電流のようなものが、身体を貫いたのを今でも鮮明に覚えている。

 ああ、そうか。
 
 だから、あの時。俺の不死身の呪いは解けることは無かったのかと、今ならば苦しいほどに理解出来てしまう。所詮、互いに想い合っていると思っていたのは、自分だけだったのだと。酷く、愚かしいほどに。

 千歳は──千歳の心は、俺がどれほど手を伸ばしてみても、その心に、想いに届くことは最後の日まで無かった。

 千歳の心は永遠に、亡き夫だけに向いていたのだ。

 だが、それでも構わないと当時の煉は千歳に対する特別な感情を、恩情へとすり替えて傍に在り続けた。

 本当ならば自分の願いが、想いが叶わないと知った時点で、千歳の傍から離れるべきだった。それが出来なかったから、あんな悲劇が起きてしまったのだと、俺は今でも後悔している。