「で、でも。私は何も出来なかった。煉が目を覚まさなかったときだって、ただ手を握って祈ることしか私には出来なかった……」

「それで良かったんだ。一方的に想うだけではなく、誰かに想われることが俺には大事なことだったんだ」

 誰かを想う気持ちも、誰かに想われる気持ちも、どちらか一方が欠けていては、それは何の意味も成さない。その両方が足並みを揃えることで、初めて意味を成すのだと。

 穏やかな眼差しで、煉はそう呟いた。

「永い間生きてきた俺は、その想いをいつしか忘れていた。俺もあいつと同じだったんだ。

 『死』にばかり囚われ、周りを見ていなかった。どうせ、周りは俺を置き去りにして、次々と消えていくだけだと諦念していた。その寂しさに耐えられなかっただけなんだ」

 煉の心の中には、常に孤独感の火種が消えずに燻っていた。永遠に埋まることのない寂しさは、絶えず煉の心を蝕み続けていたのだ。身体に刻まれた、どんな痛みよりも強く深く……。

 さくらは溢れ出そうな涙を堪えるために俯く。

 きっと、煉は同情をして欲しくて、泣いて欲しくて、さくらに過去を打ち明けた訳ではない。

 解ってはいるからこそ、煉の前では自分勝手に涙を流すことは許されない気がした。


「すまない。泣かせるつもりはなかった。ただ、こうなった以上。さくらにだけは全てを話しておかなければと思ったんだ」

「な、泣いてないよ。煉の痛みに比べたら、こんなの全然平気……」

「痛み自体は、もう過去のものだ。気に病むな。それよりも今は、俺のために涙を流すお前を何よりも愛しく思う……」

 煉は俯いたまま顔を上げようとしないさくらを自身の胸に引き寄せ、そっと抱きしめる。

 すると、さくらは微かに身体を震わせながら静かに涙を流し始めた。煉は、その背中を優しく擦りながら、胸に秘めていた自身の遠い過去の追憶に思いを馳せる。