「さくらさんっ!」

「……八重樫くん? どうしたの? そんなに息を切らして……」

 さくらは八重樫の突然の訪問に、心底驚いている様子だった。

 他の社員達は食堂へ出払っているのか、さくらは誰も居ない静かなオフィスで一人、昼食を摂っていたようだ。デスク上には、コンビニで購入したお握りの空のパッケージが置かれている。

「今、時間有りますか?」

「え? ええ……。大丈夫だけど」

「なら、今から少し俺と付き合ってください」

 八重樫は全力で廊下を駆けたせいで乱れた呼吸を整えながら、さくらに近付く。

「何処に?」

 そう聞き返しながらも察しの良いさくらは、食事を終えた後のデスク周りを片付け始めている。

「あまり時間もないので、取り敢えず休憩室に」

「分かったわ。じゃあ、行きましょうか」


 時刻はすでに午後十二時半を迎えている。早くに食事を終えたのか喫煙所へ向かっている社員も、ちらほらと見える。

 食堂から聞こえるガヤガヤとした喧噪が、休憩室に向かうほどに徐々に遠退いていく。

「やっぱり、今の時間は誰も居ませんね」

「お昼は皆、食堂か喫煙所へ向かうからね。後は外で食べてるとかじゃないかしら。たまに、此処で昼寝をしてる強者も見掛けるけど……。それで、どうしたの」

 休憩室に入ると室内は、がらんどうで、冷房が切られているにも関わらず、少しひんやりとしている。

 二人は椅子に腰掛けることはせず、適度な距離を開けて、立ち尽くした状態で話を続けた。

「さくらさんがここ数日、塞ぎ込んでいるのは……俺のせい、ですよね?」

 八重樫は覚悟を決めると、さくらを見据えて核心に迫るように大胆に話を切り込んだ。すると、さくらは動揺しながら八重樫の言葉を否定した。

「ち、違うわ。八重樫くんのせいじゃない」

「でも、俺はそう聞きましたよ。優さんから」

「そうじゃないの……。私が、私が……悪いのよ……全部」

「……さくらさん?」

 さくらは俯き、声を詰まらせていた。そのただならぬ様子に八重樫は息を飲み、次に続く言葉を静かに待った。



「…………煉が、煉が戻って来ないのよ」