「私、料理苦手……ですよ?」

 さくらのその言葉に煉は後々《のちのち》後悔をする事となる。

 ◇

「馬鹿か。何故じゃがいもを丸ごと入れる」

「何よ。鍋で煮たら柔らかくなるでしょ。なら、わざわざ切らなくてもいいじゃない」

「これは予想以上だな……。熱を通す為にも、食材を一口サイズに切るのは当たり前のことだろう。こんなんじゃ、カレーもまともに出来ない」

 後悔先に立たずとはこのことを言うのか。煉はさくらのこの有り様に呆れ返っていた。

 まさか、さくらの料理音痴がここまで酷いとは思わなかった。俺と生活を共にするまで、さくらは一体どんな食生活をしていたのか。想像に難くない。

 そもそも、カレーを課題にしたのか間違いだったのか。

 煉が悔恨していると、野菜の下準備をしていたさくらが突然小さく悲鳴を上げる。

「いたっ!」

 視線を落とすと、さくらの左手人差し指には切り傷が出来ており、その上に小さな血の雫がぷっくりと盛り上がっていた。

「指を切ったのか」

「あはは……。平気ですよ。これくらい」

 さくらは血の滲んだ指を隠しながら苦笑して答える。すると煉は、突然にさくらの左手を持ち上げ、人差し指に出来た血液の雫を舐め取った。

 煉の舌先に広がるのは血液特有の鉄を舐めたような味──のはすが何故か、さくらの血液には仄かな甘さが感じられた。

「きゃあっ!? れ、煉、一体何をして──」

 左手を解放し見上げると、さくらの顔は逆上(のぼ)せたように紅く染まっていた。

「悪い、条件反射だ。傷口は水で流すといい。後は俺が作ろう。今日はここまでだな」

「へ、平気だから! ただのかすり傷みたいなものだし」

「なら、絆創膏を貼ろう。今、持ってくる」

 煉はリビングに常備されている救急箱から絆創膏を一枚取り出し台所に戻ると、さくらはまだ惚けたように水道の蛇口から流水を傷口に当てていた。

「ほら、貼ってやるから指を出せ」

「あ、ありがとう……」

 それにしても、さっきの感覚は一体何だったんだ。味覚がおかしくなったのかと思ったが、先程味見をしたカレールーの味は何時も通りの味だった。さくらの血がおかしいのか?


 一時間後。

 出来上がったカレーは、少し早めの昼食として食卓に出された。

 煉がカレールーをスプーンで掬うと、さくらが切った大きな具材達がスプーンを占拠する。

「……でかいな」

 持ち上げたスプーンを手に煉が感想を述べると、さくらは慌てながら言い訳をした。

「い、良いじゃない! 食べごたえがあって! 味は美味しいし」

「味付けをしたのは俺なんだが……」
 
 味付けは煉が担当した為失敗はなかったが、カレーの見た目は、さくらが切った具材達のお陰で、かなり野性的な仕上がりだった。