朝食を摂りながら煉は思考に耽っていた。

 おそらく、さくらは昨夜のことをよく覚えてはいない。だが、それでいいと煉は思っていた。

 昨日は拷問に近い一夜だった。

 触れられる距離に居ながら触れられない。目の前に餌をぶら下げられているような状態で、夜が明けるまで全く手を出さないという自信は正直に言ってなかった。

 さくらには手を出していないとは言ったが厳密には嘘で、煉は幸せそうに眠っているさくらの寝顔を見つめている内に、理性の箍《たが》が外れかけて、少しだけ触れてしまったのだ。その柔い唇に。

 さくらは煉が唇に触れたことに気付かずに熟睡していたようだが。

 煉はその後、柄にもなく罪悪感と妙な高鳴りのせいで熟睡することが出来ず、朝方まで起きている羽目になってしまった。
 
 その寝不足状態のお陰か食欲が湧かず、箸を動かす手が止まる。さくらは、そんな煉の姿を物珍しそう眺めていた。

「煉……? 食べないの?」

「いや……食べるが。……それより、今日は休みだよな。何処か出掛けるのか?」

 今日の予定を確認すると、さくらは答えながら微かに首を傾げる。

「ううん。家で過ごすけど。どうかした?」

「そうか。……なら、今日は俺が料理を教えよう」

 煉は予めさくらの答えを予測していたようで、脳裏で思考していた提案をさくらに告げた。

 日頃から思っていたことだが、さくらは少し……いや、かなり料理が苦手らしい。ならばこの際だ。料理の一つや二つ、簡単に作れるように俺が手解きをしよう。

 例え俺が、いつ消えたとしても食事に困らず暮らしていけるようにと。