……おかしいなぁ。
翌朝。目覚めると煉の寝顔が眼前に見えた。さくらは動揺をするよりも先に、冷静に現在の状況を分析する。
これは、きっと何かの間違いだ。うん、きっとそうに違いない。
何処か他人事のように思いながら、煉の寝顔を眺める。本当に綺麗に整った顔だなと思う。閉じた目蓋から伸びる長い睫毛に、通った鼻筋と少し開いている薄い唇……。
じっと観察を続けていると、不意に煉が呻き声を上げる。『あ、起きちゃう』と思ったが、時すでに遅し。煉はゆっくりと目蓋を開いた。
「…………」
「…………」
起き抜けの煉の視線と、寝顔を観察していたさくらの視線が交わり、二人は沈黙する。気まずい空気を破ったのは煉だった。
「……言っておくが、手は出してないからな」
「なら、どうしてこのような状況になっているのでしょうか……」
さくらは敢えて、わざとらしく抑揚なく答える。
しかし、煉がそう言うのなら、本当に手は出してないのだろう。では、一体何故このような状況に陥っているのか。脳裏に疑問を浮かべる。
「昨日言ったことを覚えていないのか?」
「昨日?」
煉に問われたものの、昨日は飲酒をしていたため、さくらの記憶は既に朧気にしかない。
私、煉に何を言ったんだっけ? 駄目だ、ほとんど思い出せない……。
「……お前は俺に紳士だから大丈夫と言ったんだ。それで試してみることになった」
煉は嘘を吐いてはいないように見える。ならば、さくらが『紳士だから大丈夫』と言ったのは事実なのだろう。
いや、しかし。どうしてそこで添い寝をすることになったのか。理由を聞いたら駄目なのだろうか。さくらは煉のように眉間にしわを寄せて思考する。すると、煉はため息をつきながら、ゆっくりとベッドから起き上がった。
「一晩添い寝をして、俺が手を出さなかったなら、俺はお前の言った通り、本当に紳士だということを証明するために添い寝をしたんだが、理解したか?」
「な、なるほど……? そうだったんですね。えっと、何だかすみません……」
要するに、この状況の原因を生み出したのはさくら本人で、煉は無茶振りに律儀に付き合っていただけに過ぎないらしい。
お酒を飲んでいたとはいえ、昨晩のことも覚えていられないほど、酩酊していたのかと思うと自分自身に対して言い様のない不安が生まれる。
このままでは、いつか絶対に間違いを起こしそうな気がしてならなかった。
しかし、今さらとはいえ、煉に間近で寝顔を目撃されたのかもしれないと思うと、さくらは恥ずかしさで、穴があったら今すぐにでも飛び込みたい気分だった。



