「なっ!? ど、どうして耳を……」

「…………いや、すまない。暴走したな」

 予想もしていなかった展開に、さくらは思考が追い付かず混乱状態に陥る。羞恥が勝り、両手で煉を押し退けて制止するのが精一杯だった。

 煉に触れられた右の耳朶がやけに熱く、その熱がじんわりと身体に広がっていく感覚が解る。

 視線を上げると、煉はお預けを食らった猫のようにシュンと悄気ていた。

「えっとね、嫌とかじゃなくて……その……少し驚いただけで……」

「ああ、分かっている。だが、駄目だな。今日の俺は、どうも様子がおかしい」

 眉間にしわを寄せて何かを思案しているのか、煉は急に黙りを決め込む。さくらが気分を害したのだろうかと不安に駆られていると、やがて煉はむくりと立ち上がった。

 そして──。

「野宿してくる」

 そう、宣言した。

「……は?」

 一体、何がどうなって、野宿という単語が煉の脳裏から出てきたのか。さくらは唖然としながら煉を見上げる。

 先程までの甘い雰囲気は何処(いずこ)へ。

「今日は帰らない。俺が出て行った後はしっかりと戸締まりをしておけ」

「ま、待って! どうして、急にそうなるんですか!? 嫌ですよ、私。野宿をして、また怪我でもされたら……」

 抗議している間にも煉はすでに玄関へと向かっている。さくらは、その後ろ姿を慌てながら追い掛けて服の裾を強く引くと、そこでようやく煉は動きを止めた。

「今の俺は危険人物だ。朝になるまで外で待機していた方が、さくらは安心だろう」

「私よりも煉が怪我をすることの方がよっぽど嫌です。だから、此処にいて下さい」

 さくらに睨み付けられた煉は逡巡した後、その強い意志に根負けをして、ため息混じりにボソリと小さく呟く。

「…………これは、何の苦行だ」

「大丈夫ですよ! 煉は紳士ですから」

 さくらは微笑みながら、無自覚にも煉に釘を刺していた。