さくらが煉の手作り弁当を美味しく頬張っていた、その頃。事態はゆっくりと進行していた。
「八重樫くん。ちょっと、いいかな」
「え? 鈴木さん?」
「今、時間あるかな?」
「大丈夫……です、けど……」
八重樫は優から声を掛けられたことに驚き、戸惑いの表情を隠せずにいた。自身の視線の先にいるのは優のみで、さくらの姿は見当たらない。
ほっとしたような、そうでないような、もやっとした感情が八重樫の心を燻る。
優は、そんな八重樫の複雑な心境を知らずに笑顔で問い掛ける。
「良かった。なら、今から一緒に休憩室についてきて貰ってもいいかな?」
「分かり、ました」
八重樫は優の笑顔に、何となく良くない予感を抱きながらも従うことにした。
社員食堂に向かう社員達の波に逆らうように、二人は休憩室へ向かう。
昼時の休憩室は誰も居らず、物音一つない静寂に満ちていた。二人は近場のテーブル席に着くと、その沈黙した空気を破るように優が声を発した。
「あ、コーヒー淹れるね。八重樫くんはブラックかな?」
「気が利かなくて、すみません。ブラックでお願いします」
「気にしなくていいよー」
コーヒーを淹れている間も、優は八重樫の緊張感を和らげるように他愛ない会話を交わしていた。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
使い捨てのコーヒーカップを受け取り、八重樫が礼を述べた後、優は一瞬の間を置いてから、そしてその口を開いた。
「えっと、あまり時間もないから単刀直入に聞くね。さくらと何かあったの? ……最近ね、さくらの様子がおかしいことに気がついてはいたんだけど、なかなか話してくれそうにないし……。駄目かなーとは思ったんだけど、八重樫くんに聞いた方が早い気がして」
「それは……」
八重樫の良くない予想は見事に的中した。
コーヒーカップを持つ手が空中で停止する。
普段は滅多に話し掛けてくることのない優が、八重樫を誘いに来た時点で、何となく予想はついていたのだ。これから、何を尋ねられるのかを。
「何もありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「俺が勝手に玉砕しただけです。それで、少し気まずくて」
八重樫は、そう答えるしかなかった。さくらの了承もなしに、勝手に色々と言うのは自身の良心に反すると思ったからだ。
ただ、玉砕したことを自身の口から言うというのは、正直かなりツラいものがある。自分が酷く情けなく思えて、逃げ出したい気分だった。
「て、ことは……。さくらには彼氏が出来たってこと?」
「そこまでは、俺にも分かりませんが……」
「そうなんだ。それで八重樫くんはどうするの?」
「どうするって、何がですか?」
優に問われた八重樫は、意味が理解出来ず困惑する。



