その鍵にはすでに、黒猫をモチーフとした可愛らしいチャームが付いている。
今日は何故に敬語なんだ、と煉は思うが敢えて追及はしない。おそらく、さくらのことだ。昨日のことを反省しているのかもしれない。
それよりも今、俺が気になっているのは、さくらから差し出された、この鍵のことだった。
「この部屋の合鍵です。マンションの管理人さんに事情を話して、特別に作ってもらったの。煉も一人で出掛けたいときもあるでしょ?」
「合鍵……」
確かに合鍵が有れば、好きなときに自分一人でスーパーに行ける。買い忘れた物を毎回メールでさくらに頼む必要もない。
実に便利だが、こんなに簡単に合鍵を俺に渡していいのか。
信用されていると言えば少しは聞こえがいいが、やはりさくらには警戒心が足りないようにも思える。ここに転がり込んだ俺が、こんなことを今さら言うのもおかしなことだが。
「えっと……用はそれだけです。昨日はごめんなさい。……それじゃ、私、お仕事行ってきますね」
「……ああ」
昨夜のことが少し気まずいのか、さくらは煉が用意した朝食のコーンスープだけを飲み終えると、そそくさと会社へ出勤して行った。
……この黒猫のキーホルダーは外したら駄目なんだろうか。
煉は手のひらに乗せた合鍵を眺めながら、一人そんなことを思っていた。
しかし、折角さくらから渡された合鍵だ。全く使わないのも何だか申し訳ない。そう考えた煉は、ならば早速、今日この合鍵を使うことにしようと決めた。
だがその前に、出掛けるのは朝食の後片付けと朝の掃除をしてからだな。
煉は朝食を摂るために外していたエプロンを再度身に付けると、部屋の掃除を開始した。
そして約一時間程時間を掛けて、日課の掃除を終えると、綺麗になったリビングを満足げに見渡す。
壁に掛けられている時計は、午前十時過ぎを指していた。出掛けるには丁度良い時間帯だろう。
「……よし、出掛けるか」
久し振りの外出に、煉は秘かに気分が上昇していた。



