不死身の俺を殺してくれ

 居酒屋からの帰り道、さくらと八重樫は雑談を交わしながら暗い夜道を歩いていた。

 夜も更けているということもあり、八重樫は駅前までではなく、さくらを自宅前まで送り届けると申し出た。

 さくらはそんな八重樫の優しさに甘えることにした。

「彼女……ですか?」

「そう。八重樫くんって、大学のときから彼女がいるって話を聞かなかったなぁと思って」

「それは……」

 さくらの隣に並んで、ゆっくりと歩幅を合わせて歩いていた八重樫は、彼女という単語を耳にした途端、表情を曇らせる。

 やはり、聞いてはいけないことらしい。

 お互いに酒が入った状態なら、普段は聞けないことも聞けるとさくらは思ったのだが、どうやら間違いだったようだ。

「ご、ごめんね。変なこと聞いて」

「いえ。……さくらさんは……」

 八重樫は何かを言いかけて、続く言葉を留める。

 さくらが疑問に思い八重樫を一瞥すると、複雑な表情をして何やら考え込んでいるようだった。

 どうしたの? と聞き返せるような雰囲気ではなく、さくらも口を噤む。

 会話が途切れ二人の間に静かな時が流れる。静寂な夜道に響くのは、コツコツと靴底が擦れる二人の足音だけ。

 いよいよ温厚な八重樫を怒らせてしまったのかもしれないと、さくらは焦燥し始め、何か言葉を繋げなければと思考を巡らせる。

「あのねっ!」

「さくらさんは彼氏いるんですか?」

 お互いの声が重なり、驚いて二人は顔を見合わせた。街灯に照らされた八重樫の顔は、少し赤らんでいるように見えた。

「い……いない、けど。どうして?」

「そう……なんですね。なら、俺は……」

 八重樫が決心をして言葉を言いかけたときだった。

「さくら」

 突然、暗闇の中で聞き覚えのある低く通った声が響き渡り誰かが、さくらの名を呼んだ。

 前方を見据えるとそこに見えたのは、見事なまでに暗闇と同化し溶け込んでいる、さくらの名を呼んだ張本人、煉の姿だった。

「煉……」

 どうして、ここに煉が……。

 別に八重樫と疚しいことをしていた訳ではない。なのに、さくらの脳は無意識的に言い訳を探し始める。

「貴方は、あの時の……」