手を振りほどいたさくらは、理由も解らずに外に連れ出されたことに苛立ち、不機嫌な態度を隠そうともせずに、八重樫を見上げて語気を強めた。
「はぁ……。危なかった」
「は?」
「あ、急に連れ出してすみませんでした」
何故か、ほっとしたような表情をしている八重樫に、さくらはますます怪訝に顔を歪める。
「駅まで送ります。理由はその道中で話します」
「…………」
「あ、安心してください! ちゃんと駅まで送り届けますから」
別に八重樫が帰りがけに襲ってくるなど、さくらは毛頭考えてもいない。そんな度胸は一ミリもないように見えたからだ。
「じゃあ、お願いね」
「はい」
そして八重樫は、宣言通りにさくらを無事に駅前まで送り届けたのだった。
◇
「さくらさん? どうかしました?」
追憶から意識が戻ると、八重樫は心配げにさくらを見つめていた。
「うん? ちょっと、昔のことを思い出してたの。ほら、合コンのとき八重樫くんが助けてくれたでしょ?」
「ああ……。俺、あの時は内心すごい焦ってましたよ。これ、ちょっとヤバいなって」
当時の八重樫がさくらを合コンから無理やりに連れ出した本当の理由は、さくらの酒に睡眠薬が盛られていたからだった。
どうやら男達は、酒に酔った女性を持ち帰る計画を企てていたらしい。
なのに、さくらだけはいくら酒を飲ませても酔う気配がなく、痺れを切らした男の一人が、さくらが御手洗いに席を立った瞬間を見計らい、酒に大量の睡眠薬を混ぜていたのを八重樫は、どうすることも出来ずに黙視していた。
そして八重樫が苦肉の策として思い付いたのは、さくらを強引に合コンの場から引き剥がすことだった。
もし、あの時。八重樫が強引にでも引き止めてくれていなければ、さくらは身の危険に犯されていたかもしれない。
だから、さくらにとって八重樫は大切な恩人なのだ。
「もうこんな時間か……。さくらさん、そろそろ帰りましょうか。駅まで送っていきます」
八重樫は自身の腕時計を眺めると、さくらに声を掛ける。飲み始めてから約二時間ほど時間が経過していた。
「そうだね」
そして、さくらは何時も不思議に思うのだ。どうして、八重樫には彼女がいないのかと。
こんなに紳士的で優しげな外見のイケメンなのに、実に勿体ない。
もしかしたら、八重樫には長年想い続けている人がいるのかもしれない。だとしたら、さくらは全力で応援したいと、酔った脳内でそう思っていた。



