不死身の俺を殺してくれ


 お陰で午後の仕事はスムーズに進み、絶望的だった残業フラグは消滅した。

「お疲れさまでした」

 上田課長も毎回こうなら、私達部下も無駄な苦労はしないのにと思うが、今日は残業がないだけで全て良しとしよう。

 さくらは少し浮き足立ちながら、総務課フロアを抜ける。
 
 会社のロビーには既に八重樫がおり、さくらを待ちわびていた。

「八重樫くん、待たせてごめんね」

「いえ、さくらさんこそ、お疲れさまです。それじゃあ、行きましょうか」

 さくらが指定した居酒屋は、いつもの行き着けの店ではなく、個室が設けられた綺麗な居酒屋だった。

 じっくりと話をするのなら、個室の方が都合が良いと思ったのだ。

 そして、何より。今日は煉がいない。

 ということは、お酒が飲み放題だということ。少しくらい羽目を外しても、咎められることはあるまい、とさくらは内心目論んでいた。

 さくらは大ジョッキの生ビールを最初の一杯目に選ぶ。八重樫もそれに合わせて大ジョッキを選び、すぐに届いた生ビールで乾杯の音頭をする。

「さくらさん、変わってませんね。最初から大ジョッキなんて」

「ここしばらく我慢してたから、リミッター解除なの」

 キンキンに冷えたビールが喉を滑り落ちていく感覚に悦びを覚えながら、さくらは満面の笑みを咲かせる。

 さくらの豪快な一面を見ても、八重樫は引く訳でもなく、寧ろとても嬉しそうな表情をしていた。

「それで話って……」

「あ……この前のこと、なんだけど。えっと、あの人は私の彼氏ではなくて……」

 ビールを満喫していたさくらは、八重樫に不意を突かれ予め用意していた答えを口にするが、深く掘り下げられたくはないために語尾が徐々に萎んでいく。

「彼氏じゃないんですか?」

「本当に違うの。……その、親戚の人で……、街を案内して欲しいって頼まれたの」

 八重樫はさくらの答えを聞いて、僅かに目を見開く。
 
 正直、八重樫に嘘を吐くのは良心が痛むが、こうでもしなければ、この誤解は晴れそうにない。さくらは即興で小さな嘘を重ねる。

「なんだ……。そうなんだ……。俺、てっきり……早とちりして」

「え?」

「いえ! 何でもないです。すみません、変な誤解をして」

 さくらに対する誤解が晴れて、心がすっきりしたのか八重樫は途端に笑顔を綻ばせる。

 そんな八重樫の様子にさくらも一安心し、酒を飲むペースを一定に維持し続けながら、久し振りの宴を楽しんでいた。