不死身の俺を殺してくれ



 朝礼が終わり午前の業務が開始されると、さくらはキーボードで文字を打ち込みながら、隣席の優に密やかに問い掛ける。

「どういうこと?」

 さくらが優に問うたのは、上田課長の様子のことだった。何やら朝から随分と沈んだ表情をしている。

 そんな姿を見てると、何だか此方まで気が滅入りそうな程だった。

「娘さんに、パパなんか嫌いって言われちゃったみたい」

 ああ、なるほど。それで、と思う。

 朝礼の時から上田課長は『この世の終わり、そして絶望』みたいな顔をしていたが、どうやら事の原因は、その娘との喧嘩らしい。

 だから何時にも増して仕事が遅く、滞っていたのかと納得した。

 もうすぐ昼休みになろうというのに、上田課長の書類確認が終わらないため、さくら達の仕事はどんどんと詰まっていく一方だった。

 しかし、このままでは貴重な昼休みが削られてしまうかもしれない、とさくらは半ば諦めモードで仕事を続ける。

 しばらくの間、無心で仕事をこなしていると昼のチャイムが鳴り、一旦パソコンの画面から視線を上げると、優が此方を見つめていた。

「お昼だね。どうしよっか?」

 優に問われさくらは逡巡する。

 上田課長の最終確認が入らなければ、どのみち仕事は進まない。ならばここは潔く社員食堂で、昼食タイムにした方が良さそうだ。

「んー。それじゃ食堂に行こうかな」

 もしかしたら、八重樫くんにも会えるかもしれない。
 
 優と共に社員食堂へ向かう途中、さくらのその予想は見事に的中した。

 同じく食堂に向かうのだろう、一歩先を歩いている八重樫の後ろ姿が見えて、さくらは咄嗟に駆け足で近寄り声を掛ける。

「八重樫くん」

「え? さくらさん、どうかしたんですか?」

 さくらに後ろから声を掛けられた八重樫は、少し驚きながらも立ち止まり丁寧に対応する。
 
「ちょっとね。八重樫くん、今日仕事終わりは時間あるかな? 話したいことがあって」

「話……ですか?」

 八重樫は少し警戒している様子だった。
 
 まあ、無理もないのかもしれない。何せ八重樫はあの時、街中で唐突に大声を上げて、さくらから逃げ出したのだから。

 話があると言われれば、迷わずその事だと察しがつく。

 気まずい空気がお互いの間に漂い始めた。

「さくら、私、先に行ってるよー」

「あ! 待って、優!!」

 そんな空気を察してか、知らずか、優は気を利かせて一人先に食堂の中へと消えて行く。

「えー……と、俺たちも取り敢えず、中に入りましょうか」

「そう、だね」

 苦笑している八重樫に促され、さくらも釣られて苦笑を溢しながら、食堂へと足を踏み入れた。