再度ゆっくりと煉を見上げたさくらは、驚きで眼を見開き言葉を失った。目の前の煉の姿に動揺し言葉が出なかったのだ。

 先程は羞恥で直ぐに視線を逸らしていたため、気がつかなかったが、煉の身体には痛々しい傷痕が無数に刻まれていた。

 今までは服に隠されて、見ることの無かった煉の身体に残る無数の傷痕。

 その中でも一番大きく目立つのは、首筋に一線に残された皮膚を雑に縫合されたような痕と、腹部にはまるで切腹をしたような大きな創傷痕があった。

 な、に……これ……。どうしたら、こんな傷痕が出来るのよ。怪我をしたなんて問題(レベル)の話じゃない。

 さくらの視線が傷痕に向いていることに気付いた煉は、何時もと変わらない声音で問う。その瞳には微かな落胆の色が、寂しさが見え隠れしていた。

「怖いか、俺が」

「……いえ、怖いとかじゃなくて……。その、痛くないんですか……」

「あ? ああ、痛みはない」

 さくらは心配そうに煉の顔を見つめると、視線をそのまま傷痕へと移す。
 
 初めて煉と出会った、あの日。

 煉は頑なに病院へ赴くことを拒んでいた。その理由を今になって気付く。

 もしかすると煉は、身体に刻まれた酷く痛ましい、この傷痕を誰にも見られたくないがために、病院で治療を受けることを拒んでいたのではないか。

 そう思うと安易に傷痕のことを聞いてはいけないような気がして、さくらは口を噤む。

「すまない。嫌なものを見せてしまったな」

「嫌だなんて思ってません!」

 何処か諦念しているような煉の声の響きに、反射的に語気を強めて返事を返す。

 当然、驚きはあった。でも、それよりもさくらが今一番気に掛かるのは、煉のその表情だった。

 どうして、そんな風に全てを諦めたような、泣きそうな顔をしているの。

「……やはり、服が乾いたら出て行く」

「だ、だめっ!」

 そんな、捨て猫のような表情をされたら、私……。

 さくらは深く思考する前に思わず、そう口走っていた。煉は僅かに眼を見開いたが、直ぐに何時もの無表情を保つ。

「どうしてだ? 俺が出て行こうとお前には関係ないだろう」

「それは……そうですけど。でも……」

 どう伝えたら良いのだろう。煉に向かって可哀想だから、なんて言ってしまったら、確実に煉は怒ってしまうに違いない。でも。それでも。

「……放っておけないので」

 逡巡した結果、さくらはこう一言するのが精一杯だった。

「おかしな女だな」

 さくらは恐る恐る煉を見上げると、煉はさくらを見つめ返し、少し照れた表情をして破顔していた。