不死身の俺を殺してくれ

 一人用の小さなソファーで、雑誌を顔にかけて腕組みをしながら熟睡している煉がいた。

 さくらはあまりにも突然のことで、驚きの声を上げることすら出来なかった。

 何故、いるの? 帰ったのでは? と、色んな疑問が湧き上がる。

「…………ん」

 リビングの照明の眩しさと、さくらが発した小さな物音に気づいたのか、煉は顔にかけていた雑誌を退ける。驚きで思わず床に座り込んださくらを一瞥すると、まだ眠たげな声で言葉を発した。

「ようやく、帰ってきたのか……」

「な、なんで……。まだ、いるんですか……?」

 さくらの心臓は思わぬ出来事に、心拍数が上昇したままだった。

 いくら何でもこれは心臓に悪すぎる。電気をつけたら、居ないはずと思い込んでいた人物がいるのだから。
 
 何かもう、色々とおかしいのだ、この男は。一般常識全ての範疇を越えている。

「一つ言い忘れていたんだが、俺は何もしていない」

「はい?」

 煉は普段から言葉を略して話す癖があるため、毎回肝心な主語が抜け落ちている。そのため、相手との会話が繋がらないことが多く、さくらもその一人だった。
 
「だから、昨日。お前が勝手に寝落ちただけで、俺は手を出してはいない」

 まさか……と、さくらは思う。
 
 そんな一言を言うためだけに、煉は今日丸一日、ここに大人しく過ごしていたというのか。

 呆れ果て、脳が思考することを拒絶し、さくらは茫然自失する。

 思考が追いつかない。
 
 そんな中だった。突然、静寂なリビングに空腹を知らせる煉のお腹が鳴る音が響いた。

 我に返ったさくらは、思考することを放棄して煉に問う。

「あ……。もしかして、ご飯何も食べてないんですか?」

「そうだな。だが、餓えには慣れている」

 餓えに慣れるって、一体どんな生活してたんですか。と言いたいのを堪えて、さくらは台所の棚から備蓄していたカップ麺を三種類程抱え、煉の前に置く。

「えっと……。こんなのしかないんですけど。それか、こっち食べますか?」

 ローテーブルに置かれたのは、カップ麺の他にさくらが先程コンビニで購入してきた、ナポリタンとコーンサラダのパックが置かれた。

「いいのか?」

「どうぞ」

 煉は眉間にしわを寄せ、ローテーブルに並べられたカップ麺を睨みながら、どれを食べるかを真剣な眼差しをして悩んでいた。