一人残されたオフィス内で、さくらはデスクに突っ伏したまま目蓋を閉じる。視界が遮断され神経が少し鋭くなる。
空腹を感じた。そこでさくらは、朝も食事を抜いていたことを思い出した。
だが、今は動きたくない。近くのコンビニに行くのさえ億劫だった。かと言って、社員食堂のメニューは二日酔いにはきつい。胃もたれを起こしそうだ。
無意味に時間だけが経過していく。
そのままの状態で、十五分程経過したときだった。
誰かがオフィスに戻ってくる足音が聞こえ、さくらは慌てて気怠い身体を起こす。
「あ、良かった。さくら、コンビニで栄養ドリンク買ってきたよ」
足音の正体は、社員食堂に向かったと思っていたはずの優だった。その手にはコンビニ袋が握られている。
「あれ? 私てっきり食堂に行ったのかと思ってた」
「さくらがそんな状態なのに、食堂で、しかも一人でご飯食べるなんて出来ないよ」
優の聖女様のような微笑みが、眩しく感じる。そして、その慈悲深さに毎度ながら、さくらは感動と感謝を覚えていた。
「はい。栄養ドリンクとエネルギーゼリー」
「ありがと……」
がさがさとコンビニ袋が擦れる音が近くで聞こえる。優は自身のデスクに、サラダパックと玄米お握り、アロエヨーグルト、春雨スープを取り出し置いていく。
栄養ドリンクとエネルギーゼリーが入ったままのコンビニ袋を、さくらのデスクへとそっと置いた。
優は春雨スープのカップにお湯を注ぎ入れ、春雨が仕上がるのを待っている間、二人は他愛もない会話を交わす。話題は四月から入社する予定の新入社員のことだった。
「それでね、四月からここにくる新入社員が爽やか系イケメンって周りが騒いでてね。名前は確か、八重樫《やえがし》……さん? って言ってたような……」
さくらはその苗字を聞き、思わず脳裏に浮かんだ疑問を口にしていた。
「……八重樫? 下の名前って、もしかして学《まなぶ》くん?」
「そう! 学さんって名前だよ。あれ? もしかして、さくらの知り合いなの?」
優は忘れていた相手の名前を思い出し、心のもやもやが晴れたのか、ぱあっと表情を輝かせ両手を合わせて微笑する。
知り合いも何も、八重樫学はさくらと優が通っていた大学時代の後輩だ。だが、優はその彼のことを全くと言っていいほど、覚えていないようだった。
「まぁ、仕方ないか。優はその頃から彼氏一筋だったもんね。他の男の人なんかに興味ないよね」
「うん」
優が照れながら笑顔で即答する。そんな優の正直な潔さが、私は結構好きだったりする。



