不死身の俺を殺してくれ

 『やってしまった』

 今朝、さくらは二日酔いの状態で起床した。そして、リビングの床で静かに熟睡している煉を目撃したとき、瞬間的にそう思ってしまった。

 身体が云々の話ではなく、酒に酔い潰れて煉に酷い醜態を晒してしまったのではないかという焦りだった。

 だが遅刻寸前だったため、さくらは起き抜けのぼんやりとしている煉に、玄関の鍵は開けたままで構わないと、それだけを伝えると逃げるように自宅マンションを飛び出した。

 さくらは満員電車の中で、鬱々とした表情を浮かべながら思考する。多分、身体の間違いは起きてはいない。それだけは何故か直感的に理解出来た。

 でも、全く覚えていないのだ。昨晩のことを。

 私はあの人に対して、何かとんでもないことをしたような、そんな気がする。でも、そんな考えは間違いであって欲しい。と胸裏で願う。

 今日帰宅したら、きっと、あの人はもう私の部屋にはいないと思う。

 それは仕方のないことだし、私が無理にあの人を引き留める理由もない。

 なのに、このもやもやとした気持ちは落ち着いてはくれず、後悔は止まなかった。
 
 満員電車から下車すると、さくらは朝から重苦しい雰囲気を纏ったまま会社へと向かった。

 ◇

 いくら二日酔いだろうと、仕事は真面目にきっちりとこなす。それはさくらのちょっとした信念であり、また上田課長とは同類にはなりたくないという意地でもあった。

 呻きながらも何とか午前の業務を終えて、時刻は昼休みを迎える。

 そんな様子を朝から、チラチラと隣の席から心配そうに眺めていた優は、椅子に座ったまま身体をさくらの方へと向けて問う。

「さくら、今日のお昼はどうするの?」

「いらない、かな……。ちょっと気分悪くて……。私のことは気にせず、優は社食で食べてきて」

 さくらはデスクに突っ伏して、力無く笑いかける。

「分かった。じゃあ、行ってくるね」

「はーい」