不死身の俺を殺してくれ


 煉のさくらに対する非難は、耳元に直接届いているはずだが、それでもさくらは微動だにしなかった。

 もしや、泣いているのかと思い、煉はさくらの肩を掴み、控え目にその顔を上げさせる。

 しかし、そんな煉の考えはどうやら勘違いだったようだ。

 さくらは幸せそうな、実に気の抜けた表情をして既に眠っていた。

 まさか、寝落ちされるとは、俺としても予想外の展開だった。
 
 本当にこの女には警戒心というものが、備わっていないらしい。諦めにも似た、ため息が無意識の内に溢れ落ちる。

「……ベッドに運んでおくか」

 酔っ払いのさくらに始終、振り回された煉はさくらを抱き抱えてベッドに運び、その身体に適当に毛布をかける。そして、煉自身はリビングに戻り冷えた床で静かに眠りついた。

 ◇

 翌日。煉が嫌々目を覚ますはめになったのは、さくらの色気のない叫び声が原因だった。

「ど、どうしよう!? 遅刻しちゃう!」

 さくらは朝から、忙しなく部屋を右往左往し動き回っていた。先程までリビングで就寝していた煉の存在すら、さくらの視界には入っていないような慌てぶりだった。

 煉は起き抜けのぼんやりとした脳内で、そんなさくらの慌てふためいた行動を、無言のまま視線で追う。

 ビール三本程度で酔うくらいなら、平日は飲まなければいいだろうに、と胸裏で思うがあえて口にはしない。

 ものの十分程度で仕上げた化粧と、綺麗めなオフィススタイルに身を包んださくらは、煉を一瞥すると声をかける。
 
「あ、あの。このマンション、オートロックなので、勝手に出て行ってもかまいません。私これから仕事なので、それじゃ行ってきます」

「ああ」

 どうやらさくらは、煉の存在を完全に忘れていた訳ではないようだった。遅刻すると言いながらもさくらは、わざわざご丁寧に煉に挨拶をしてマンションを飛び出して行った。

 煉はさくらが出て行き、ゆっくりと閉じていく扉を眺める。
 
 主の居ない部屋に、何故か残されてしまった煉は他に為す術もなく、ただ一人ぽつんとしていた。