不死身の俺を殺してくれ

 この女の酒を飲むペースが早いと思った時点で、一度止めるべきだった。

 煉は今、とてつもなく後悔している。

 何故なら安酒に酔った、さくらに絡まれているからだった。所謂、絡み酒でこの上なく質が悪い。

「ほんとぉ~あの上司、仕事しないのよ~!」

「そうか」

 煉は律儀に、かつ適当にさくらの愚痴を聞いては相槌をうつ。かれこれ、こんな状態を二時間ほどエンドレスループし続けていた。

 そもそも、平日の夜に泥酔するまで飲み潰すのか? 普通。俺は愚痴の聞き役に呼ばれたのかもしれないが、正直に言って酔っ払いの相手は得意ではない。

 煉はおかしな女に引っ掛かってしまったことを、再度強く悔恨しては自戒していた。

 そして、酒も飲んではいないのに頭痛がした。仕方なしに煉はため息をつき、永遠に続くさくらの常日頃の仕事に対する、愚痴を流れ作業の如く聞き受け流していく。

 その数分後。散々愚痴を吐き出して満足したのかと思えば、さくらは突然に沈黙を決め込んだ。

 そして、ローテーブルという小さな境界線を乗り越えて、少しずつ煉ににじり近寄ってきた。その瞳はすでに酒に酔い正気を失っていた。

「煉さん」

「なんだ」

「猫耳は付いてないんですか?」

「…………」

 聞き間違いだろうか。今、猫耳が何とかと聞こえた気がした。俺は一体どうすれば良いんだ? 最早、この女をどう扱えば良いのか俺には解らない。

 煉が酒に酔ったさくらに内心怯えていると、さくらはそんなこともお構い無しに、更にジリジリと煉のそばへと近付き距離を縮めていく。そして気がつけば、互いの目線が酷く近い距離になっていた。

 さくらは頬を上気させ、瞳は心なしか潤んでいるように見える。

「おい……それ以上近づくな」

「猫耳が……きっとここら辺に猫耳が……。生えているはず……」

 何かに憑依されたように、さくらは譫言を続けながら、突然に煉の頭部をがっしりと掴み、髪の毛を動物を愛でるように、わしゃわしゃと触る。

「やめろ」

「…………」

 だが、煉が放った言葉で、さくらの動きはぴたりと止んだ。

 俺は何も悪くはない。悪いのは絡み酒の上、許可もなく俺を動物と勘違いして触った、この女が悪い。それに、俺は猫ではない。

 そして、何故かぴたりと煉にしがみつき硬直したまま、さくらの反応はなかった。

「重い」