不死身の俺を殺してくれ



 あの女の表情。随分とあからさまだったなと煉は思う。軽蔑されるのは仕方ない。慣れている。今までだって、何度も罵声に怒声を浴びせられて生きて来た。今さら、あの女にも何か言われたとしても、別段何も思うことはない。

 普通に歳老い、そして、死んでいける人間達には、絶対に理解出来ないことだからだ。

 二週間程前。煉が自動車に轢き逃げされたあの日から翌日のこと。

 煉の住むアパートの近くで、轢き逃げ事故が有ったらしいと騒ぎが起こっていた。

 騒ぎの原因は道路に派手に散った煉の血痕が、朝になり犬の散歩をしていた近所の住人によって発見され警察に通報したためだ。

 そして、轢き逃げをした犯人は怖くなり警察署に自首した。

 だが、謎は残ったままだった。被害者の行方が解らない。病院にも搬送された履歴もない。警察では、轢き逃げをした加害者が遺体を何処かに隠蔽したのではないかと大事になっていた。

 だから、煉は身を隠し騒ぎが収まるのを待つしか方法は無かった。

 元々、前の職場は煉にとってそろそろ潮時だった。

 煉の場合。何年も同じ職場に勤め続けることには、大きな危険を伴う。

 周りは時が立つ程に皆は、外見が少しずつ老化していく。だが、煉は何年時が経過しても永遠に老化することはない。

 故に、必然的に怪しまれてしまう。

 こいつは大きな怪我をしても、致命傷にはならない。何年経っても老けない。おかしい、と。

 建設業は慢性的な人員不足で、煉のような少し訳有りな者も積極的に雇用することが多い。

 何年も何度も職歴を誤魔化し、渡り歩いてきた。だが、それもそろそろ限界なのかもしれない。一度慣れ親しんだ街を離れるのは、何時になっても寂しく思う。

 アパートを追い出されたというのは、本当は嘘だ。自分から解約しただけで、家賃が払えなかった訳ではない。

 最後に此処に立ち寄ったのは、あの時助けた黒猫を偶然見掛けたからだ。

 人間は金が無ければ生きてはいけない。

 それは不死身だろうと、生身だろうと関係無い。それが、生きる上での理《ことわり》なのだから。

「お前も来るか」

 煉は足元にすり寄ってくる黒猫の艶やかな背を撫でる。嬉しそうに甘えた鳴き声を上げる猫に思わず笑顔が溢れた。